集会・講演・支援 札幌集会の記録

 

激励集会(2016年2月)、第1回報告集会(同年4月)から裁判終結報告会(2021年4月)まで全19回の様子を記録する

  

 

植村隆さんを激励する札幌集会 2016年2月27日(午後1時~3時30分)

札幌市・「かでる2・7」4階大会議室 参加者216人 

 

札幌訴訟の口頭弁論の開始を2カ月後に控え、支援市民グループが集まって激励集会が開かれた。

 

植村さんの講演と決意表明=「「日韓の架け橋を目指して~小さな大学の大きな勇気を忘れない」。

この2年間、植村さんはバッシングと闘い、名誉棄損裁判を起こす一方で、米国と韓国へ旅をし、産経・読売と対決をするなど言論の戦いも精力的に行った。それらの場面の写真や記事がスクリーンに映し出され、植村問題のすべてが凝縮される講演となった。植村さんは最後に、北星の教え子たちとの思い出を語った後、北星学園の平和宣言にある聖書の言葉「平和を創り出す人たちは幸いである」を引き、「これから私は、私の心の中の北星を守りつづけ、若い世代と共に平和を創り出す行動をして行きたい。それは、私がバッシングの中で、しなければならないと思ったことなのだから」と決意を述べた。

 

弁護団報告=4月に始まる札幌訴訟の意義、内容と争点、被告側の主張、移送問題の経緯、傍聴の意味などについて、弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士から詳しい説明があった。

▽裁判はこれから始まるが、これまでの到達点、提訴後に私たちが獲得したものがいくつかある。まず植村さんをめぐる情勢の変化。一時期たいへんな脅迫等を受けていたが、現状において、あのような攻撃は収まっている。また、韓国の大学に赴任が決まったということ、これも訴訟と訴訟に関連した市民や大学の動きが関係している。そして、植村さんの記事を捏造だと決めつけ批判する雑誌や言論が、かなりなくなった。また、北星学園大への攻撃によって植村さんの仕事を奪おうという画策もあったが、北星学園大が毅然とした態度によって植村さんの雇用を守ってくれた。これも彼らをあきらめさせたひとつの要因ではないか。

▽移送をめぐるやり取りの中で、被告側の象徴的な主張があったので紹介したい。Willを出版しているワックが、移送に関する意見書の中で植村批判をしているが、彼らの主張は、「慰安婦の強制連行という歴史的事実は存在しなかった」という基本認識だ。「吉田証言という加害者側の証言が出てきた、しかし被害者側の証言がなかった、それが植村さんの記事によって被害者の証言が出てきて、虚偽証言の裏付けをした、吉田証言と植村さんの記事によって強制連行が捏造された」。これがワックの主張だ。かなり論理が飛躍した、陰謀めいた主張をしている。植村さんを批判している人たちの思考回路がよくわかる。

▽移送をめぐっては、北星学園のOBを中心にわずか2週間で2000人の署名が集まり、これが大きな力になった。地裁でも高裁でも私たちの主張で大きく変わった点はない。唯一、地裁と高裁で事情が違うのは、この署名の存在だ。札幌高裁はこの署名の後押しによって判断を覆した、と私たちは思っている。

▽裁判所がどのようなスタンスでこの事件に臨んでいるのかはわからないが、不安を抱えている、または判断するのがこわいと思っているのではないか。それは、移送の問題で、署名によって判断を変えたことからもいえる。私たちから皆さんにお願いしたいことは、裁判の場にぜひ足を運んでいただきたい、ということだ。裁判官が不安を抱えている中で、皆さんに参加していただいて、植村さんの言っていることはおかしいことではない、植村さんを勝たせる判断をしてもなんらおかしいことではない、と裁判所を後押しする行動として、ぜひ傍聴していただきたい。

 

激励スピーチ=神沼公三郎さん(負けるな!北星の会呼びかけ人、北大名誉教授)、上田文雄さん(弁護士、前札幌市長)、田村信一さん(北星学園大学学長)の各要旨

▽神沼公三郎さん「10年以上も前に国立大学の法人化に反対する運動をしていたころ、櫻井よしこという人も同じように反対のキャンペーンをしていた。私たちの集まりに呼ぼうかと思ったことがあったが、ギャラが高いとかいう理由でやめた。いま思うと、やめてよかった(会場拍手)。北星の問題で植村さんとつきあってきて、植村さんは土佐のイゴッソウだ、ほんとに強い人だと思う。いま北海道の私立大学では教員の身分をめぐる紛争が数件あり、私は裁判や労働委員会の支援にかかわっているが、残念ながら連戦連敗だ。ただ、情報がきちんと発信され、卒業生や学生たちが応援、支援してくれるケースでは希望が持てる展開をしている。北星の場合は、毅然とした対応があり、それが卒業生、市民、学者、弁護士に広がった。これからも、北星はその努力を続けてほしい」

▽上田文雄さん「植村さんとは札幌市役所の週2回の記者会見で議論し合った仲であり、記者として尊敬してきた。植村さんがいまここに元気な姿でいられるのは、ここにおいでになられた皆さんの力だと思う。いま、植村さんは立ち上がり、果敢に闘いの先頭に立っている。そして、植村さんを支える札幌市民がいる。これは歴史的な大事件だと思う。このことを私たちは大事に、大事にし、私たちの財産として、繰り返し、繰り返し伝えていきたいと思う。いま、表現の自由を抑え込み、内心の自由をあからさまに制限しようという動きが進んでいる。植村事件を契機として、危機というものがこういう形で来るのだということを伝える文化を作っていくことに私は努めていく。皆さんのお力をいただけたらと思う」

▽田村信一さん「大学がさまざまな対立に巻き込まれたり、騒然となることはこれまでにもあり、団塊の世代の私も経験はしているが、今回の北星学園大への攻撃の中、メールや電話、街宣車から国賊とか売国奴という言葉が躍っていたことには慄然とした。戦前、言論が弾圧され戦争に向かっていた時代がこうではなかったのか、と思った。また、一部のマスコミの記者が、大学の制止を振り切って学内に入り込み、植村はどこだと探しまわることもあった。異様なできごとだった。大きなショックを受けたことを、いま思い出している。植村さんが行かれる韓国のカトリック大学は、文科省の海外提携格付けランキングではトップ100に入る大学と聞いている。植村さんが招聘教授としてキャリアを積まれ、新しい視野を広げられるよう、大いに期待している」

 

主催=激励集会実行委員会

賛同団体=植村応援隊(今川かおる)、植村隆さんを支え励ます朝日OBの会(林秀起)、カトリック札幌地区正義と平和協議会(西千津)、グリーン九条の会、大学の自治と学問の自由を考える北星有志の会、日本ジャーナリスト会議北海道支部(山田寿彦)、日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会(金時江)、北海道宗教者平和協議会(相馬述之)、北海道民主医療機関連合会有志。(カッコ内は発言者)。

text by H.N

 

札幌訴訟第1回報告集会 2016年4月22日(午後6時30分~9時)

札幌市・「かでる2・7」4階大会議室 参加者220人 

 

開会あいさつ=上田文雄さん(「植村裁判を支える市民の会」共同代表、前札幌市長)

 

「私も弁護士だが、裁判の弁護団には加わっていない。(市長を3期つとめ)13年のブランクがあるせいだが、札幌弁護団はじつに優秀で私は安心している」「植村さんは捏造のレッテルを張られてえらい目に遭っている。従軍慰安婦問題の報道は、当時、他紙も同じように扱いながら、朝日新聞だけが攻撃を受けている」と語り、「この裁判で私たちは問題の深さや裁判の意義をしっかりとらえ、悪しき方向に向かっている今の日本で何をすべきか、その認識を広げて行こう」と静かに、しかし強い口調で訴えた。

 

弁護団報告=小野寺信勝弁護士(札幌事務局長)、神原元弁護士(東京事務局長)

▽小野寺弁護士「この裁判の重要な争点となる「捏造」という表現について、「櫻井さん側は、論評なのだから名誉毀損には当たらない、という言い訳にシフトを変えた」「「権利をしっかりと正当に主張する、もしくは被害をしっかりとクローズアップするといった正当な活動に対して、櫻井氏は非常に嫌悪感を持っているんだろう」

▽神原弁護士「東京訴訟でも西岡側は捏造表現を論評だといって逃げている。さんざん捏造だ捏造だとあちこちで言っておいて、裁判になると、ぼくはそう思っただけだよ、と言ってるようなもんだ」「北星学園大学に届いた脅迫状やメールのコピーが段ボール1箱、北星から届いた。これも裁判の重要な証拠になる」

 

植村さんのあいさつ=思い起こせば去年2月10日の提訴は雪の舞う中だった。きょう弁護団と改めて地裁へ向かう同じ道を歩き、改めてみなさんとたたかえる喜びをかみしめています。

桜井さんの問題点。桜井さんは産経新聞コラムで、「金学順さんの訴状には、40円で売られたと書かれている」と書いて、私を攻撃している。事実にないことをあえてくっつけていっている。問題にしたい。

挺身隊は当時、慰安婦の意味で使われていた。1982年3月のテレビ欄に「女子挺身隊という名の従軍慰安婦」という番組が11PMで放送、とある。11PMの前の時間の番組が桜井さんの「きょうの出来事」という番組。桜井さんは調べればわかることを調べていない。

しかも桜井さんは私に一切取材しないで北星学園大を非難している。北星学園大がバッシングされているとき、「23年間捏造報道の訂正もせず学生に教えることが学生教育のあるべき姿なのか」「暴力的姿勢を惹起しているのは朝日と植村ではないか」と書き、脅迫などを批判して収めるどころか、あおりたてている。

それにあおられて「桜井さんの言う通りだ」と書くブログも出ている。「たまたま脅迫の手紙が入っていたからといって大騒ぎするのがおかしい」とたきつけられている人がいる。ほんとうにおそろしい。桜井さんのような影響力のある人が、根拠にもとづかず、自分のインチキな記事をもとに攻撃しているのは異常なこと。

きょうは法廷で満席になって聞いていただきました。これから長い闘い。みなさんとともにたたかっていきたい。こんなことで記者が萎縮させられたら、歴史の問題に着手してアジアとの和解のため記事を書く記者が減ってしまう。いまの記者、未来の記者を守る為のたたかいだと思います。

 

佐高信さんの講演=演題「櫻井よしことは何者か」

シンポジウムなどで櫻井よしこ氏と同席した時のエピソードを巧みな話術で紹介しながら、佐高流の人物論を展開。さらに、安倍首相の歴史観の根源にあるものや、公明党が自民党と連立する深いワケを指摘し、自公連立政権を痛烈に批判した。

 

激励あいさつ=香山リカさん(精神科医、支える会共同代表)、崔善愛さん(ピアニスト、同)

text by K.T

 

札幌訴訟第2回報告集会 2016年6月10日(午後6時30分~9時)

札幌市教育文化会館3階研修室 参加者80人 

 

弁護団報告=秀嶋ゆかり、成田悠葵弁護士が報告と解説をした。

秀嶋弁護士は、「事実摘示の具体的な主張」を裁判長から求められたことについて、「事実摘示は細かな部分ではなく文脈全体で論じるべきこと」としながらも、「早い段階で論点を整理しようという、裁判促進法に則っている」と、裁判長の訴訟指揮に納得のいく説明をした。

前回の第一回口頭弁論で被告の櫻井よしこ氏側は、「自分たちの主張はさらに続きがある」としていたため岡山忠広裁判長は「フル規格」の主張を求めていた。今回出された櫻井氏側の書面に新しい主張はほとんどなかった。

名誉棄損訴訟は、被告らが「公然と事実を摘示して原告の名誉を棄損したか」どうかが争点となる。今日の法廷で裁判長は、私たち原告側に対し、被告らの行為のどこが事実の摘示か、それがどのように名誉を棄損しているか、その理由についても明確にするよう求めた。そしてサンプルを示して読み上げた。

私たちは、名誉棄損(という不法行為)をどう考えるべきか、総論的なものは訴状で出しているが、どこが事実の摘示で、どんな損害(社会的地位の低下)をこうむったか、一つ一つ特定して次回までに提出することになる。そこで、この裁判の土俵が設定される。

次の第3回口頭弁論(7月29日)以降は、11月4日に第4回、12月16日に第5回を開くことになった。第3回~第4回は間隔が空くが、次回までに提出する私たちの主張に、被告側が反論を準備する時間が必要となるからだ。裁判促進法で、概ね2年で見通しをつけるようになっている。裁判所側はそれを前提に、早い段階で問題点を整理し、きちんと裁判を進めて行こうと、口頭弁論の期日を入れたと思われる。

裁判長が読み上げたサンプルは週刊新潮の2014年4月17日号で、「(植村)氏は韓国の女子挺身隊と慰安婦を結び付け、日本が強制連行したとの内容を報じたが、挺身隊は勤労奉仕の若い女性たちのことで慰安婦とは無関係だ。植村氏は韓国語を操り、妻が韓国人だ。その母親は、慰安婦問題で日本政府を相手どって訴訟を起こした『太平洋戦争犠牲者遺族会』の幹部である。植村氏の『誤報』は単なる誤報ではなく、意図的な虚偽報道と言われても仕方がないだろう」という部分だ。

私たちは訴状に、これ全体が名誉毀損の表現だと書いている。文脈を見ないと分からないが、どこを中核にして名誉棄損だといっているのか特定してくれというのが、今回裁判所から言われたことだ。私たちは「捏造」ということ自体が事実の摘示に当たり名誉棄損性を持った表現だということ、最高裁が名誉棄損についてこれまでどう判断してきたかを含めて、今日の法廷でも成田悠葵弁護士が総論的に説明した。それを踏まえて今度は各論的に、櫻井氏が書いたりネット上で発信した内容のどこが事実の摘示で、それがどう植村さんの社会的地位を低下させたか明らかにしていく考えだ。

裁判全体を通した中で、最初の大事な時期を迎えたと思う。弁護団は準備をぬかりなく進めていきたい。これまでのように傍聴席を埋め、裁判を見守って欲しい。

櫻井氏は「発表したのは論評であり事実の適示ではないと」一貫して主張しているが、今回も同様だ。名誉棄損の被告側は「言った内容は事実だ(事実の適示)」と主張・立証しなければいけない。それが論評だとしても「真実だったと信じたことに合理的な理由がある」ことを立証しなければならない。事実の摘示の方が論評より主張・立証のハードルが高い。

問題は「表現の自由」と違法性の境界はどこかであり、表現の中身と、名誉棄損の程度の問題だと思う。「表現の自由」は憲法で認められているが、人の名誉を傷つける違法な言論活動は保護されない。「捏造」とか「意図的な虚偽報道」は植村さんにとって死刑判決に等しく、名誉に直結している。

 

植村隆さんの報告= 韓国に赴任して3カ月経ちました。カトリック大学は医学部などもある総合大学で、私は文科系が集まる聖心キャンパスの教養課程で「東アジアの平和と文化」を韓国語で教えています。学生は36人。うち7人は日本からの留学生です。裁判の日程にぶつからないよう、授業(3コマ)はすべて火曜日にしています。

北星学園大学では、新聞を活用した授業をしてきました。新聞は社会や日本を知る「窓」です。関心を持った記事を留学生たちが切り抜き、発表する授業です。北星では教材は朝日新聞が無料で提供してくれました。韓国でもそんな授業をするつもりでしたが、どうすれば新聞を入手できるかなど、準備は何もしていませんでした。新聞記者の特質は「場当たり主義」、なんとかなるの精神ですが、なんとかなりました。

着任早々の朝。散歩から帰って来ると大学の前で、おばちゃん2人が学生に新聞を配っていました。日本だと日経新聞にあたる韓国経済新聞です。韓国でも学生が新聞を読まなくなっており、無料で配っているという。これはラッキー! 「授業で使いたい。週1回学生に無料で貰えないか」。おばちゃんは携帯電話で新聞社に即連絡してくれ、販売局の責任者と折り合いがつきました。

ソウルの名門・漢陽大学校で特別講義をする機会もありました。セットしてくれた漢陽大の鄭炳浩(チョン・ビョンホ)教授とは2月、幌加内町朱鞠内 で知り合いました。日・韓・在日の若者たちの集会「東アジア共同ワークショップ」でした。いろんな出会いが次々に広がっていくことを実感しています。特別講義後の懇親会が大いに盛り上がったのは言うまでもありません。

漫画家の金星煥(キム・ソンファン)さんと再会しました。1950年から50年間、新聞漫画を書き続けてきた人です。李承晩から金大中に至るこの50年は、独裁政権誕生や朝鮮戦争、大統領暗殺などの重大な政治事件、めざましい経済発展から経済危機へ一転するなど、激動の時代と重なります。辛口で辛辣な金さんの風刺は何度も筆禍事件を起こしましたが、いま作品集は韓国で重要な文化財とされています。

私は2003年、その中から約150編を選んで日本語に翻訳、エッセー風の解説をつけた「マンガ韓国現代史」を角川文庫から出版しました。もう絶版です。アマゾンで扱う中古本のレビューは、「風刺漫画を手掛かりに、韓国現代史を庶民の視点から理解するのに最適」と高く評価しています。さらに「解説から、韓国にそそぐ植村氏の愛情の深さがよく理解できる」と書いていました。再会した金さんと増補改訂版を出すことになり、また新しい仕事ができました。

岩波書店から出した手記「真実 私は『捏造記者』ではない」は増刷が決まりました。また韓国の出版社3社から翻訳の申し込みがあり、歴史書で有名な社から出版されることになりました。すでに翻訳は済んでおり、夏以降に出版されると思います。私のことが韓国でもきちんと伝わることをうれしく思います。

国連人権理事会の「表現の自由」特別報告者デビッド・ケイ氏が4月来日してメディア関係者からヒアリングし、私も事情を聞かれました。ケイ氏は暫定報告で日本の現状、問題点を指摘しています。NGO「国境なき記者団」は、言論の自由度で日本を180カ国中72位に後退させており、国連も私の問題に関心を持っています。

不当なバッシングをしてきた産経新聞、読売新聞の報道のインチキぶりを『週刊金曜日』に連載しました。例えば「強制連行」です。名乗り出た元慰安婦のおばあさんについて産経、読売は「強制連行」されたと書きながら、強制連行と書いていない私を攻撃する、これはでっち上げのようなものです。植村バッシングの一番の問題は、なんでもないことを、私だけを標的にして、集中的に攻撃したことです。それはリベラルなジャーナリズムを圧迫し、委縮させていきます。

事実摘示か論評かについて質問と解説がありましたが、私の理解では、「捏造記事だ」とする証拠があるというのが事実摘示で、「捏造記事だとするのは、私の意見だ」というのが論評です。事実摘示などではないと主張し始めたことで、私が捏造記者ではないということを、彼らが証明していることに等しいと思います。

 

玄武岩さんの講演=「ナショナリズムとメディア」。玄さんは1時間にわたって、なめらかな日本語で、「国益」についての新聞社間の意見対立と朝日新聞バッシングとの関連や、社説の変容の背景を分析した後、「少女像」をめぐる最新の韓国社会のホットな状況を報告した。玄さんは1969年韓国済州島出身、2007年から北大大学院准教授。◆講演録はこちら

 

 

札幌訴訟第3回報告集会 2016年6月10日(午後5時~9時)

札幌市教育文化会館3階研修室 参加者80人 

 

弁護団の報告=小野寺信勝弁護士は、「裁判は非常に重要な局面にさしかかった」と述べ、名誉棄損訴訟における「名誉」の定義、その判断の枠組み、「事実の摘示」と「論評」の区別について、パワーポイントを使って詳しい説明をした。

植村さんの報告=ソウルの「少女像」をめぐる韓国内の動きを紹介し、韓国政府が設立した「慰安婦財団」が抱える問題点についてコメントした。

野田正彰さんの講演=演題は「日本軍の性暴力」。精神科医として中国の「慰安婦」被害者を治療・診察・鑑定した経験をもとに過酷で悲惨な「虜囚」の被害を語り、「日本軍はなぜここまで暴力化したのか」、「日本人はきちんと反省をしたのか」と問いかけた。そして最後に、櫻井よしこ氏の言動を厳しく批判し、「自己の生き方や感情を隠してただわめくだけのひとが政治、社会を牛耳っている」「個の感情を国民全体のものとしようとしている、これこそが全体主義だ」と語った。野田さんは、精神病理学者、京都市在住、北大卒。◆講演録はこちら

 

あいさつ=集会のしめくくりは、「支える会」共同代表の崔善愛さん(ピアニスト、東京在住)が、指紋押捺拒否にかかわる自身の訴訟で最高裁まで争った体験と、植村さんを支援することの意味を語った。

  

札幌訴訟第4回報告集会 2016年11月4日(午後6時30分~9時)

札幌市教育文化会館3階研修室 参加者80人 

 

弁護団報告の後、植村隆さんの報告と俵義文さん(子どもと教科書全国ネット21事務局長)の講演「日本会議とは何か」があった。

 

弁護団の報告=小野寺信勝弁護士

名誉毀損とは、人が社会から受けている評価を低下させることをいう。裁判では2つの段階がある。まず、その表現が名誉毀損に当たるかどうか。次の段階は、名誉を毀損するけれど免責される事情があるかどうかが判断される。免責する事情がなければ不法行為が成立し、損害賠償などが発生する。

まず第1段階。名誉棄損と判断されるためには社会的評価を低下させた(侮辱では足りない)ことが必要となる。名誉を棄損する表現が真実であっても、社会的評価を低下させれば名誉棄損にあたる。

(「植村隆氏は慰安婦と女子挺身隊を結びつけた」とする櫻井よしこ氏のコラムを例に)被告らは問題の記事を捏造記事だとし、植村さんが真実を報道する新聞記者の職業倫理に反する人物であるとの印象を読者に与え、社会から受けている評価を低下させている。この第1段階は、こちらの主張が通っていると思って良い。

現在の中心的な争点は、櫻井氏側の名誉毀損の表現が免責されるかどうかだ。

被告らはこれまで、櫻井コラムなどでの表現は「『事実を摘示』したものではなく、すべて『意見』ないし『論評』である」と主張してきた。私たちは、櫻井氏の表現はすべて「事実の摘示」だと主張している。

例えば「記事を捏造した」という表現が「事実の摘示」なら、捏造が真実であること(または真実と信じてもやむを得ないこと)を被告側は証明しなければならない。「論評」であれば、少なくとも重要な点だけは真実だと証明できればよく、免責のハードルは低い。「事実の摘示」か「論評」かは第2段階の論点だ。

今回出された書面で被告らは、月刊誌WILLのコラム3カ所、週刊新潮のコラム2カ所を「事実の摘示」と認めた。表現を細切れに分断しているのは不当であり、被告らの基本的な主張は「論評」だが、被告らは少なくとも「事実の摘示」と認めた表現について真実性を立証しなければならなくなった。

次回(12月16日)までに私たちは被告らの主張に反論する。それ以降に、植村さんと家族・北星学園大学への被害を主張。「事実摘示」か「論評」かの争点のやりとりを終え、次のステップ(真実又は真実相当性、被害の主張・立証)に進むことになる。

 

植村隆さんの報告=今日は、私が韓国でいまどんなことをやっているかということと、8月に判決が出た娘の訴訟について話したい。

手記『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)の韓国語版が9月末に韓国の出版社プルンヨクサから出版された。それを記念して行われた記者会見にはほとんどの新聞がきて大きく報じられ、ケーブルテレビなどでも紹介された。実は中央日報がこなかったが、なぜか確認すると「日にちを間違えた」ということで、私に悪意があるわけではなかった。うれしかったのは、ジャーナリストを目指す学生たちをはじめ、若い世代が興味をもってくれ、交流が増えたことだ。大学から講演に呼ばれ、地方の大学の学生が私の研究室にインタビューにきて、英文の記事にしてくれた。

ここで、私が韓国とかかわるようになった原点を振り返りたい。まず、1981年のことだ。学生時代、ずっと金大中氏に共鳴し、東京で釈放運動をしていた。金氏は厳しい状況の中でも「行動する良心」を実践しており、私が延世大学に留学しているときに政治的に自由になった。1997年12月、金氏が大統領になったときにソウル特派員だった私は、一面トップで紹介することができた。もうひとつの原点として、詩人の尹東柱(ユン・ドンジュ、1917〜45)がいる。

戦時下に日本の大学で学んでいて治安維持法違反で有罪判決を受け、1945年に福岡刑務所で獄死した。彼の遺稿詩集「空と風と星と詩」が1984年11月に出版され、私の愛読書になった。その中の代表作「序詩」の一節が刻まれた詩碑が延世大学にある。韓国カトリック大学の授業では彼の詩を読み、学生と詩碑を訪ねもした。来年は生誕100年なので、再びクローズアップされるだろう。

いま、韓国では被害者の声を聞かずにすすめられた慰安婦問題の日韓合意について、再交渉すべきだと答える人や少女像の移転に反対の人が増え、時間がたつほど世論の批判が強まっている。日韓合意はお金を出して終わりではなく、始まりにすべきではないか。

日本では先日、「wam 女たちの戦争と平和資料館」に爆破予告のハガキが届いたことが報じられた。同館は戦時性暴力の根絶を目指し、慰安婦問題に焦点をあてた展示をしている。だが、朝日新聞の見出しは「戦争資料館に爆破予告」で、萎縮しているのではないかと思う。北海道新聞は「慰安婦」という言葉を出しているが、どちらもベタ扱い。韓国はどうか。ハンギョレ新聞は現場資料館に行き、「屈しない」という同館の姿勢も入れて大きく報じている。

最後に、娘のことも報告したい。17歳の高校生だった娘が2014年、写真と名前をツイッター上にさらされ、「反日韓国人の母親、反日捏造工作員の父親に育てられた超反日サラブレッド」などと中傷の書き込みをされた問題で、このツイッターを書き込んだ投稿者本人を相手取った訴訟で8月3日、被告に170万円の損害賠償金の支払いを命ずる「全面勝訴」の判決が言い渡された。被告側は期日までに控訴せず、判決が確定した。

娘は元気です。彼女の闘いから教えられることが多かった。途中、裁判所は、『被告に謝らせるので」と和解を勧めてきたが、娘に相談したところ、高校を卒業した出た直後だった娘は、「和解じゃなくていい。判決を求めてほしい。私に起きたことは他の人にも起きる。こうした攻撃にさらされる人がない社会になってほしい。判例にして、私以外の人が攻撃されないようにしてほしい」と言った。

成長したのは私ではなく娘。私はそんな娘の姿勢に支えられ、教えられた。

私は、河野談話を継承、発展させようとずっと思っている。慰安婦問題は「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」として、元慰安婦への「心からのおわびと反省」を表明した。そして、歴史研究、歴史教育を重ねて、同じ過ちを繰り返さないようにという方向性も掲げた。僕もジャーナリストとして、大学で教える者として、歴史教育に力を尽くし、これからも闘っていきたい。

 

俵義文さんの講演=「日本会議とは何か」。俵さんは、子どもと教科書全国ネット21事務局長。草の根改憲運動を全国で展開する日本会議の組織実態やねらいを、櫻井よしこ氏がもてはやされる風潮と結びつけて解き明かした。 ◆講演録はこちら

 

 

札幌訴訟第5回報告集会 2016年12月16日(午後6時30分~9時)

札幌市教育文化会館3階研修室 参加者220人 

 

弁護団報告のあと、植村隆さんの韓国報告と、渡辺美奈さんの講演「『慰安婦』問題の現在」があった。

 

植村隆さんの報告=韓国で9月、手記『真実』の韓国語版が出たおかげで(新たな)人の輪ができた。韓国の有名な元新聞記者で私立大の副総長をしている方が植村の話を聞く会を開いてくれた。(9月末の記者会見の写真を示し)韓国メディアからも好意をもって受け止められた。

大学の授業のテーマは「東アジアの平和と文化」。後期は30数人が受講し、1213日が最後の授業だった。火曜日の3時間授業で、1時間はみんなで新聞を読む。「韓国経済新聞」を教材として無料で提供してもらっている。授業では討論し、記事のスクラップが宿題。最後の授業では学生たちから感謝された。

11月の帰国時にショックを受けた。wam(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」)に爆破予告はがきが来たという。私が受けたのと同じパターンの脅迫。「日本の戦争責任資料センター」の季刊誌にwamへの攻撃について書いた。どんどん書いて連帯をアピールしていきたい。

1981年に初めて韓国に行った。韓国の問題を一生考えていこうと思った大きな機会。それがまた来た。7という数字に縁がある。87年に韓国に語学留学した。87年は民主化運動が盛り上がった。6月の民主化宣言を機に①大統領直選制の導入②言論の自由の承認③金大中氏の政治的自由(復権)――ということが起きた。

97年にソウル特派員になり、金大中氏を追いかけた。金大中氏が9712月の大統領選挙で当選したニュースを1面に署名入りで書いた。韓国現代史を最前線で記録したいという大きな願いが実現した。

授業で韓国現代史を取り上げている。金大中大統領時代、日韓共同宣言が出された。日本は小渕首相。植民地支配を初めて謝罪し、「未来志向の関係を」と約束した。日本の大衆文化が韓国で開放され、韓国からは冬ソナが日本に入ってきた。南北首脳会談もあった。学生に課した後期のレポートのテーマは「金大中について」とした。

韓国ではパク・クネ大統領の親友による国政介入などさまざまな問題が噴出し、市民がローソクを持ってデモをしている。それを見に行っている。驚くのはデモ・集会の最前線でも警察とぶつかっていないこと。87年の留学時、まちのいたるところで毎日のように催涙弾が発射されていた。

市民は「下野しろ」「逮捕しろ」と叫んでいるが、警察は武力で鎮圧していない。韓国の現代史では珍しい。あまりにもたくさんの人が立ち上がっているから力で弾圧できない。平和的に政治を変えようという大きな動きは市民革命ではないかとまで言われている。

たまたま、父親が娘らしい少女とローソクを持って写真を撮っていた。この娘は大人になってどのようにこの場面を記憶するのだろうか。歴史を動かす主人公は人々、ファミリーなんだと感動した。

カトリック大学校内の雑誌にパク・クネの特集とともに私の記事もある。「ファイティング・フォー・ジャスティス 決然とした日本のジャーナリスト」という過大な評価。本質を見抜いているなあ(笑い)という歴史的な雑誌だ(笑い)。

パク・クネが政治家になった時、日本の記者で最初にインタビューした。孤独な人という印象がある。大統領選挙が早まり、2017年春には大きな動きがある。私は実は来年もカトリック大学校で教えることになった(会場拍手)。1987年は留学生、1997年は特派員として、2017年は大学教員兼フリージャーナリストとして韓国現代史の中で現場を見られる。植村バッシングをした人に感謝しなければならないかもしれない(笑い)。こんな時期に韓国にいられるのはラッキーなこと。ますます日韓を行ったり来たりすることになるだろう。

生まれ変わった気持ちで来年も頑張ろうと思う。皆さん、今年1年間、お世話になりました。日韓を結ぶ橋の役割をしながら、裁判闘争を来年も頑張るつもりでいる。

 

渡辺美奈さんの講演=演題「「慰安婦」問題の現在」。渡辺さんは、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長。日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の共同代表。10月にあったwamへの攻撃、1970年代にあった「慰安婦」報道の経過などを語った後、アジア各国に広がる被害の実態を細かく紹介し、wamの活動への支援を呼びかけた。  ◆講演録はこちら

text by T.Y & H.H

 

 

札幌訴訟第6回報告集会 2017年2月10日(午後4時30分開会)

札幌市教育文化会館3階研修室 参加者110人 

 

弁護団報告の後、植村隆さんの報告、外岡秀俊さんの講演「トランプ現象とメディア~日本の状況は」、東京訴訟の報告などがあった。

 

弁護団の報告=小野寺信勝事務局長が裁判経過と現状を報告した。原告側が被告側(櫻井よしこ氏ら)の名誉棄損表現は「免責されない」と主張したのに対し、被告側は植村さんの記事を「捏造」「意図的な虚偽」などと批判した真実性(根拠)を証明しなければならない段階にある。裁判長が6月までに書面のやり取りを終了するとした訴訟指揮を「スピード感を持って進んでいる」と評価し、「終わりが見えてきた。札幌訴訟の方が東京よりも先に判断が示される可能性がある」との見通しを示した。

 

植村さんの報告=21日~6日の沖縄講演ツアーを「目覚めへの旅」と題して振り返った。沖縄大学での2回の講義と市民集会、辺野古訪問、ジュンク堂でのトークショーとサイン会(『真実』30冊完売)、沖縄県民に徹底的に寄り添って論陣を張り続ける地元紙記者たちとの交流の様子などが紹介された。このツアーで沖縄の市民は植村さんを「闘うジャーナリスト」として熱烈に歓迎した。植村さんも「日本の歪み」が最もよく見える沖縄の立ち位置を再認識し、交流をさらに深める意義を痛感したという。「札幌、韓国、沖縄を結ぶ三角形」とその中心に位置する東京を地図で示し、「三つの拠点から東京を包囲したい」と締めくくった。

 

外岡秀俊さんの講演=「トランプ現象とメディア~日本の状況は」。外岡さんは朝日新聞出身の作家・ジャーナリスト。第2次安倍政権の下で勢いを増した歴史修正主義が朝日・植村バッシング、メディアの変質(批判力の衰退)へとつながっている日本の状況を、「英国のEU離脱」「トランプ旋風」という「世界を驚かせた二つの出来事との同時代現象」ととらえる視点を提示した。トランプ政権の今後については「グローバル化がもたらした格差で生じた不満を、格差によって生じた権力によって封殺する専制化への傾向を強める」と予測した。既存メディアは既得権益者を擁護する勢力とみなされ、影響力をどんどん失っていく、その現象は日本とも共通する、と分析した。そして最後に、植村さんの著書『真実』の読み方として、不寛容の時代へのなだれ込み人権侵害との闘い日韓相互理解への共感という「三つの軸」を挙げ、植村裁判を支える時代的な意味を強調した。

 

東京の現状報告=東京訴訟支援チームの佐藤和雄さん(朝日新聞OB)が報告した。東京訴訟はこれまで7回の口頭弁論を終えている。今後の方向性として、植村さんが平穏な生活を営む権利を侵害されたという損害について、『週刊文春』と攻撃者たちとの「客観的な共同不法行為」として裁判所に認めさせたい、と語った。

 

共謀罪について=札幌弁護団の齋藤耕弁護士が、国会で論議が進む「共謀罪」について、「市民の自由を奪う法律だ。なんとしても阻止したい。法案が提出されてからでは遅い。その前に阻止しなければ」と訴えた。

text by T.Yamada

 


札幌訴訟第7回報告集会 2017年4月14日(午後時30分開会)

札幌市・北光教会 参加者250人 

 

弁護団報告(秀嶋ゆかり弁護士)と韓国報告(植村さん)の後、「支える会」共同代表のピアニスト崔善愛さんのトークコンサートがあった。会場となった北光教会のチャペルにショパンの名曲が静かに、ときに力強く響いた。

 

札幌訴訟第8回報告集会 2017年7月7日(午後4時15分開会)

札幌市教育文化会館302研修室 参加者72人満員 

 

弁護団報告、植村さんの報告などがあった。

 

マケルナ会記録集=開会あいさつで「支える会」事務局の林秀起さんが、「負けるな北星!の会」(マケルナ会)の記録集「北星学園大学バッシング 市民はかく闘った」が前日(7月6日)に発刊されたことを報告し、購読を広く宣伝するように呼びかけた。

 

弁護団の報告=野寺信勝弁護士が、裁判の進展状況と到達地点を説明し、「いよいよ双方の主張は出尽くし、前半戦は終盤を迎える。その後には、証人尋問が待っている。引き続き支援をお願いしたい」と訴えた。

 

植村さんの報告=5月の大統領選挙によって文在寅・革新政権が誕生した後の韓国情勢と「慰安婦」合意をめぐる日韓関係を中心に報告があった。植村さんは、「大統領選の前夜、文候補の街頭演説をソウル市内で聞いた。支持者と聴衆はスマホのライトをキャンドルにして掲げた。その光のウエーブを見ながら、韓国は変わる、新時代が来ることを実感した。キャンドル集会ではいつどこでも、大韓民国憲法の条文がテーマ音楽のように歌われ朗読されていた。その第一条は、大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から発する、とある。私は韓国に教えに来ているが、たくさんのことを教えられてもいる」と語った。

 

内海愛子さんのあいさつ=内海さんは、マケルナ会呼びかけ人のひとり、恵泉女学園大学名誉教授。植村裁判はこの日、初めて傍聴した。「いまも、傍聴にたくさんの人が並び、抽選になっていることに、感謝します。裁判は勝つことが大事ですが、同時に運動として広げ固めていくことも大事。私の経験からそう思います」と語った。この後、内海さんと植村さんは、道民活動センター(かでる2・7)で開かれた「7・7平和集会」に講演者として参加した。この集会は、盧溝橋事件が起きた7月7日に、道内の宗教者、法律家、市民運動などの団体が1986年から毎年開催している。事件から80年にあたることしは内海さんと植村さんが招かれ、内海さんは「戦後史の中の和解---置き去りにされた植民地支配の清算」、植村さんは「韓国報告---文在寅政権の対日政策と日韓関係」と題して講演した。定員150人の会場は200人を超える参加者で超満員となっていた。

 

 

札幌訴訟第9回報告集会 2017年9月8日(午後5時~7時)

札幌市・北海道自治労会館ホール 参加者80人 

 

開会あいさつ(「支える会」共同代表の上田文雄さん)の後、弁護団報告(小野寺事務局長)と植村隆さんの「夏の講演ツアー」報告、田中宏・一橋大名誉教授の講演「アジアと日本が共存するには――繰り返される差別の源流をさぐる」があった。

 

アピールを採択=「慰安婦」を記述する「学び舎」の歴史教科書を採択している神戸市の市立灘中学校に右派勢力が圧力や攻撃を強めている。北星バッシングにも似た様相となっているため、教科書採択への攻撃に反対し、同校の姿勢に連帯するアピールを採択した。アピールは、植村裁判を支える市民の会事務局が起案し、集会参加者の拍手で採択された。

 

 

歴史教科書採択にかかわる灘中学校へのバッシングに反対し、

灘中学校の姿勢に連帯するアピール

 

私立灘中学校・高等学校(神戸市)が、中学校の歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎)をめぐって、「日本会議」系と思われる右翼グループから、不当な攻撃を受けています。学園の自治、教育の自由を脅かす、危機的な状況は他校にも広がる可能性があり、3年前、北星学園大学に対して行われたバッシングとも似た様相を示しています。

 

私立である同校の教科書採択は、毎回、検定済教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定しています。『ともに学ぶ人間の歴史』は2015年からの新規参入ですが、同校のルールに従い公正に決められ、16年度から使用しています。担当教員たちは、同書が歴史の基本である「読んで考えること」に主眼を置いていることや、執筆者が現場を知る教員・元教員であること等を評価したそうです。しかし、同書の採択が決まった15年末から、政治的圧力や匿名の誹謗中傷が多数寄せられはじめました。

ネット上でも公開されている和田孫博校長による論稿「謂れのない圧力の中で──ある教科書の選定について──」では、灘校を襲ったバッシングと煽動者の調査・分析が綿密になされており、それらの詳細を知ることができます。例えば、教科書採択後のある会合で、自民党の県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問されたことや、灘校OBの自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきたことが述べられています。

 

和田校長は、この自民党衆院議員に対して「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と返答したそうですが、それもそのはず、国立や私立学校の教科書の採択の権限は校長にあり、直近の15年度検定に合格した同書を学校が採択したことに何ひとつ問題などありません。にもかかわらず、現在まで同校には、「「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか? こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ」「OBだが今後寄付はしない」等といったほぼ同文のハガキが200枚以上、散発的に寄せられているとのことです。

 

和田校長の調査によって、誹謗中傷の煽動者は、日本会議とも関係の深い自称「近現代史研究家」水間政憲氏であることが明らかにされました。水間氏は自身のブログ上で「学び舎」の教科書を採択した学校を名指し、各校に対して、抗議の「緊急拡散」を呼びかけており、そこに掲載された抗議文例や「指南」は、実際、灘校に寄せられたハガキの文面とほぼ同一のものだといいます。

このようにネット上で広く誹謗中傷を呼びかける手法は、朝日新聞元記者の植村隆氏や北星学園大学が日本軍「慰安婦」問題をめぐって受けたバッシングと同様のものであり、私たちは、仮想空間で膨れ上がる一方的な他者への排撃や不寛容さ、反知性主義の噴出を見過ごすわけにはいきません。

さらに、同校が誹謗中傷のターゲットとされた要因のもうひとつには、和田校長も指摘するとおり、『産経新聞』(2016319日、1面)の「慰安婦記述 三十校超採択̶――「学び舎」教科書 灘中など理由非公表」という見出し記事の影響もあるようです。そこからは、思想的背景にとどまらず、フジ・サンケイグループ傘下の「育鵬社」が発行する『新しい日本の歴史』に対し、いわゆる進学校を中心に採択が進んだ「学び舎」の教科書への危機意識も読み取れます。

 

和田校長をはじめ、灘中学校教職員のみなさんの教科書採択に関わる誠実な対応と、理不尽なバッシングに屈せず教育者として教育の自由、学問の自由を堅持する揺るぎない姿勢と見識に深い感銘を覚えるとともに、それらの自由を侵害し、教育現場を萎縮させるいかなる圧力にも断固として反対することを表明します。

 

201798

植村裁判札幌訴訟 第9回口頭弁論 報告集会参加者一同

 

 

 


札幌訴訟第10回報告集会 2018年2月16日(午後6時30分~8時30分)

札幌エルプラザ4階大集会室 参加者120人 

 

弁護団報告(平澤卓人弁護士)のあと、植村隆さんの報告(喜多義憲さんの証人尋問について)、池田恵理子さんの講演があった。

 

植村さんの報告=喜多さんの証人尋問を、文字通り手に汗握って聞いていました。「なぜあなたは裁判で証言しようと思ったのか」と聴かれた喜多さんは、こう答えました。「ほとんど同じ時期に同じ記事を書き、植村さんはねつ造記者と言われている。そうではない、と言いたいためだ」。植村はねつ造記者ではない。その言葉が裁判長に伝わっていました。

この二つの記事のコピーを見て下さい。僕の記事は小さいコピーだけど、喜多さんの記事は大きい。今日の法廷で喜多さんは、自分の記事の方が価値が高いと述べましたが、その通りです。

私が取材した(1991年8月)10日、本人(金学順さん)はまだ名乗り出る気持ちはなく、私は会えなかった。でも韓国挺身隊問題協議会の共同代表、尹貞玉氏の調査結果と、テープの証言の内容が一致していた。これは意に反して連れていかれたということで書いたわけです。4日後に金学順さんは記者会見しましたが、喜多さんはその前に単独インタビューしました。それがコピーの大きさにつながっているのです。

一番大事なのは、名乗り出た金学順さんの勇気です。その証言を聞いて、たくさんの元慰安婦の人達が被害体験を話し始めた、そして慰安婦問題が始まっていくのです。当時韓国では、慰安婦だった被害者にもかかわらず、そのことをしゃべれなかった。喜多さんはそんな時に、金学順さんのカミングアウトを報じたのです。

喜多さんは今回の証言の前に韓国へ調査に行かれましたが、勇気をもってあの時名乗り出た金学順さんに「あんたもしゃべらなければだめだ」と言われた気がしたそうです。法廷での証言は本当に堂々としていました。

喜多さんの勇気ある証言を聞き、裁判所に向かう時に見上げた青空のような心境です。3月23日は、いよいよ本人尋問です。櫻井さんも来ます。私の証言をつぶそうと激しく来ると思います。ますます準備して負けないようにしたい。
今日はありがとうございます。闘いはこれからも続きます。お力をお貸しください。

 

池田恵理子さんの講演=演題「「慰安婦」問題はなぜ、タブーにされたのか」。池田さんは元NHKディレクターとして慰安婦問題にかかわり、退職後は「女たちの戦争と平和資料館」で、慰安婦被害の責任追及と体験記録資料の保存、継承に取り組んでいる。 ◆講演録はこちら

 

 

札幌訴訟第11回報告集会 2018年3月23日(午後6時30分~8時30分)

札幌市・北海道自治労会館4階ホール 参加者170人 

 

櫻井よしこ氏と植村さんの本人尋問は1時間ほど前に終わったばかり。法廷の緊張感がまだ残る中、集会は始まった。会場はほぼ満員となった。

 

上田文雄さんのあいさつ=「前回の証人尋問に出た喜多義憲さん(元北海道新聞記者)と同じジャーナリスト魂、同じ思いを、植村さんがきょうの法廷で示していた。市民の目、耳、頭脳となるジャーナリズムが、民主主義を育て、自由、人権を守っていくのだと思う」

 

弁護団の報告=本人尋問を担当した弁護士3人が順に、尋問のねらいなどを説明した。櫻井氏の反対尋問をひとりで行った川上有弁護士は、「櫻井は本件に関してあちこちで書き、発言しているが、十分な調査をしていないことは明白だった。それを明らかにする資料がどれだけ集まるかが勝負だったが、支援グループにリクエストしたら次々に集まった。それらを整理し客観資料を振り分けるだけで、彼女のウソや不十分な調査が浮き彫りになった」と語った。

 

植村さんのあいさつ=長時間の尋問を振り返り、「厳しい反対尋問を覚悟していた。被告側の弁護士は私への質問を共有していないようだった。私の名誉を棄損しようとした弁護士もいた。朝日新聞の第三者委員会報告で、吉田証言についての私の調査が『徹底的なものではなかったようである』とあったのを、彼は『ずさん』といった。即座に反論したが、黙っていたら、『ずさん』が事実にされてしまうところだった」と語った。

 

対談「ネット右翼はいま…」=能川元一氏(哲学者)と安田浩一氏(ジャーナリスト)が、「右翼」の危険な現状を語り合った。両氏ともこの日の裁判すべてを傍聴した。その感想を、対談の冒頭で次のように語った。

能川氏「櫻井さんが植村さんに言ってきた、ずさんだとか捏造だ、に事実誤認があることが動かしがたく明らかになった。植村さんに対して投げかけてきた非難がみごとに櫻井さん自身に帰ってきた尋問だった」

安田氏「櫻井さんは安倍政権の代弁者、というより提灯持ちだ。提灯持ち水に落ち、という言葉もある。主人の足元を照らしているうちに自分の足元が見えなくなって、気がついたら水に落ちていた、ということだろう。日本社会を良くしていくためにはデマと捏造は許さない。そのことを植村さんの弁護団は法廷で示してくれた」

対談録はこちら

 

 

札幌訴訟第12回報告集会 2018年7月6日(午後6時30分~9時)

札幌市・札幌エルプラザ3階ホール 参加者110人 

 

「支える会」共同代表の北岡和義さんがあいさつ、弁護団から小野寺信勝事務局長と伊藤誠一共同代表、東京弁護団の穂積剛弁護士が報告。永田浩三・武蔵大教授が講演した。

 

北岡和義さん=植村君がやったことは間違ってない。勇気と努力に敬意を表する。これからも胸を張って闘っていこう。

小野寺信勝弁護士=櫻井本人尋問は大きな成果があった。産経とWLLは訂正し、ネット世論にも櫻井批判が多くなっている。

伊藤誠一弁護士=ジャーナリストに求められる正直さ、清廉さを植村さんは貫いた。櫻井さんには基本的な所作、動作がなかった。

穂積剛弁護士=東京訴訟も大詰めを迎える。9月5日、植村さんと被告西岡氏、文春記者の本人尋問に注目してください。

永田浩三さんの講演=演題「いま報道の自由を考える~不信と憎悪の時代に」。永田さんは元NHKプロデューサー、退職後は武蔵大教授。メディアの現状を憂えつつ、「いまいちばん大事なことは意見の多様性を認めること、そしてメディアと市民、読者、視聴者が連帯することだ」と語った。 ◆講演録はこちら

 

 


札幌訴訟判決報告集会 2018年11月9日(午後6時~9時)

札幌市・「かでる2・7」4階大会議室 参加者180人満員 

 

よもや!の敗訴判決だった。弁護団小野寺事務局長が判決内容を解説し、問題点を指摘した。つぎに、「支える会」共同代表の上田文雄さんと植村隆さんが判決に対する考えと今後の決意を語った。その後、裁判を支援してきた人々がリレートーク形式でそれぞれの思いを語った。

 

弁護団報告=小野寺信勝弁・弁護団事務局長

判決は、「植村さんが記事を捏造した」と櫻井氏が 書いたことを、名誉棄損に当たると判断した。しかし櫻井氏に免責される事情を認定し、請求は退けられた。「植村さんが記事を捏造した」と判断されたのではない。金学順さんがどういう経緯で慰安婦になったか、裁判所は認定できないとした。その上で、櫻井氏がいろいろな記事や訴状を見て、継父によって慰安婦にさせられたと信じたのは、やむを得ないとした。また植村さんの妻が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の娘という親族関係から、植村さんが公正な記事を書かないと信じてもやむを得ない、としている。

判決はさらに、植村さんが意図的に事実と異なる記事を書いたと、櫻井氏が信じたのもやむを得ないとした。だが一足飛びに「捏造したと信じた」というのは論理の飛躍だ。それに櫻井氏が、事実に基づいて物事を評価するのが職責のジャーナリストであることを考慮していない。

櫻井氏の本人尋問では、杜撰な取材ぶりが明らかになったが、これでは、不確かな事実であっても信じてしまえば名誉棄損は免責されてしまうことになる。櫻井氏の職責を無視した非常に不当な判決だ。

控訴審で争うことになるが、「事実の摘示か論評か」ではなく、「植村氏が捏造したと櫻井氏が信じたことはやむを得なかったかどうか」、その1点が争点になる。

一読するだけで判決には論理の飛躍があり、十分乗り越えられると思う。今日の判決は非常に残念だし不当な判決だが、控訴審で勝利判決を報告できるよう努力したい。ぜひご支援いただきたい。

 

あいさつ=上田文雄さん(「植村裁判を支える市民の会」共同代表)

北星事件と植村バッシングの当初から、私たちは民主主義社会における許し難い言説として、問題の真相を語り、闘う意味を伝え、多くの支援を得てきた。支援された方々に心から感謝します。だが判決は、市民の良識と正義感を打ち砕く、まったく不当な判決となった。私は司法が、櫻井よしこ氏の杜撰な取材を叱り、ジャーナリズムに高い水準を強く求める判決が欲しかった。控訴審でも、この裁判が持つ意味をさらに多くの方々と共有していきたい。

あいさつ=植村隆さん

悪夢のようだった。典型的な不当判決だ。私は承服できない。高裁で逆転判決を目指すしかないと思っている。櫻井氏が自分に都合のいい理屈で私を捏造記者に仕立てようとしたが、本人尋問(3月23日)でその嘘がボロボロ出てきた。裁判でただ1人の証人、元北海道新聞記者の喜多義憲さんは、私が書いた数日後、金学順さんにインタビューした。当時の状況を証言し、櫻井氏らの植村攻撃を「言いがかり」と証言した。

新聞労連や日本ジャーナリスト会議は支援を組織決定した。ジャーナリストの世界では、植村は捏造記者ではない、櫻井氏がインチキしていることは知られているが、それが法廷では通用しない。私は言論の世界では勝っているが、この法廷では負けてしまった。

私が怒っているのは、櫻井氏らの言説によって、名乗らないネット民たちが娘の写真を流したり、大学に脅迫状を送るなど、脅迫行為が広がったことだ。こんなことを放置したら、家族がやられる。20年前、30年前の記事に難癖つけられたら、ジャーナリスト活動ができなくなる。

困難な戦いだったが、私は皆さんと出会えた。敗訴した集会でこんなふうに会場が満員になる。市民は我々の側にある。我々は絶対に負けない。ありがとうございました。

 

リレートーク

安田浩一さん=ジャーナリスト(判決を傍聴席最前列で聞いた)

ふざけた判決だ。「これはダメ」と思いこめば、それがまかり通る。こんな判決を許してはいけない。だが裁判官だけの問題でも、被告だけの問題でもない。いま私たちはどういう社会の中で生きているのか、それを自覚して反撃しなければならない。植村さんの家族が脅迫を受けたが、私たち社会はこれを放置してきた。多くのジャーナリスト、メディア、書き手、安田純平が、取材をするだけで叩かれる。取材をしない人間が堂々と記事を書いて逃げ切る。そんな社会を許さないという強い覚悟が必要だ。

新西孝司さん=「負けるな!北星の会呼びかけ人(植村さんは「北海道の僕のおやじ。新西さんの書斎は僕の応接間代わりだった」と紹介した)

子どもがいない私は、喜んで一種の疑似親子を演じてきたが、今日から本当の親子になったし孫もできた。相手は安倍政権や右翼勢力という妖怪をバックにした櫻井よしこ。これからも一緒に闘いを広げていきましょう。

姜明錫さん=早稲田大学大学院生(北星学園大の植村さんの教え子。判決の取材で来た韓国カトリック大学新聞部の学生記者4人の自己紹介を通訳した)

判決を知った時、これでネット右翼は櫻井勝利で炎上していくと思い、悲しくなった。東京で留学生活をしていると、若者同士でも冷たい視線を経験する。僕はこの後も長く日本に住むと思うが、安心して暮らせるかと不安になる。その意味でこの裁判は僕にとって大事な裁判です。植村先生を応援し、一緒に戦っていくつもりです。

北岡和義さん=支える会共同代表(判決を傍聴席で聞いた)

植村裁判は、日本で言論がいい加減なものになっていることを示している。社会全体が、正しいか正しくないかの議論が出来なくなってきた。植村裁判は時代が大きく変わろうとしているとき、自分たちがこれからどう歩んでいくかを分ける事件だ。私は癌の治療を続けている。生きるか死ぬかとなったら、病気もメディアも同じで、もうだめだと思ったら負ける。これだけの皆さんが集まっているのだ。必ず前進する。

水野孝昭さん=神田外語大教授(朝日新聞で植村さんと同期入社)

4年前の今ごろ、北星学園大学の彼のポストが危なかった。札幌のみなさんが立ち上がって、北星学園はポストを守り、学問の自由を守ってみせた。娘さんを脅したネトウヨの男は罰金刑をくらい、秦郁彦や櫻井よしこは訂正を次々に出した。植村さんの記事は捏造だなんて、もうだれも書けなくなった。私たちは負けていない。植村さんが戦い続ける限り、私たちはついて行く。

原島正衛さん=北星学園大教授(北星バッシングの渦中で植村さんを守るために尽力した)

植村さんが韓国カトリック大学に移ることになった時は、韓国に追いやってしまったと、内心忸怩たるものがあった。植村さんの処遇をめぐって学内は2分し、植村さんの心の起伏が大きいのが気掛かりだったこともあった。この5年間で植村さんは成長した。彼を鍛えたのは皆さんだと思うが、櫻井氏かも知れない。この裁判は植村個人のための裁判ではない。絶対に負けてはならない裁判だ。私たちの運動は民主主義を鍛える運動だと強く思う。

崔善愛さん=支える会共同代表(東京と札幌のたたかいを支え続けているピアニスト)

私は、外国人登録法の指紋押捺を拒否し、米国留学からの再入国不許可の取り消しを求める裁判を経験した。当時、この日本社会ではどんなに声をあげても伝わらないと思った。しかし裁判という機会を得て多くの人と出会い、成長することができた。今日の裁判でもし勝ったとしても、今の日本では一時的に変化しても根本的には変わらない状況にある。私たちは裁判に勝っても負けても、ずっと歴史を語らなければならない責任があると思う。

新崎盛吾さん=元新聞労連委員長(東京訴訟の支援を続ける共同通信記者)

判決は残念だ。しっかり取材し、裏を取り、正しい情報を世の中に送り出そうとする記事が、単なる伝聞で書いた記事に負けたからだ。櫻井氏がどのような取材をし、どう裏取りしたのか。それが違っていたことは法廷で見事に立証された。植村さんの記事はウソではなく、名誉棄損に当たることまで認めながらの判決だった。プロ意識を持って取材している記者、ジャーナリストの仕事を否定するものだ。

南彰さん=新聞労連委員長(9月に就任した、朝日新聞記者出身)

タブー化強制社会へ日本がどんどん進んでいる。正しい歴史認識を市民と共有しながら、しなやかな社会を目指す記者が出て来るのを妨げかねない判決だ。今後も市民といっしょに、しっかりと支援を続けていく。

植田英隆さん=グリーン九条の会(8月に市内の交差点に植村さんの著書『真実』の広告看板を出した)

この看板は勝訴の判決で差し替える予定だったが、東京訴訟の判決が出るまで続けるつもりだ。これまで9回くらい傍聴してきて、勝訴を信じていた。こちらの闘い方に問題はなかったのだろうか。

喜多義憲さん=元北海道新聞記者(札幌訴訟で唯一の証人として2月に法廷に立った)

日本のジャーナリズムは腹をくくらなければならないと感じる。権力の側とジャーナリズム側の力は、メジャーリーグと高校野球ほどの差がある。われわれは会社の壁、活字と電波の境を超え、連帯してやっていかないと、とても相手に及ばない。今の内閣を安倍さんは全員野球内閣と言った。次々ぼろが出てきているが、全員野球は我々にこそ必要だ。そうでなければ、この問題だけでなく憲法、原発などの問題に間に合わない」

七尾寿子さん=「支える会」事務局長(支援市民グループをまとめ先頭で率いてきた)

植村裁判を支える運動は超党派だった。毎回傍聴席を埋めて市民の注目度を裁判官に理解してもらおうと、多くの団体を回り、傍聴の抽選の列に並んでもらった。連合も道労連も一緒に並んでくれた。櫻井さんの言説がどう変化していったか、櫻井さんが書いている本90冊を買って読んだ。多くの市民が協力してくれた。市民、労働者の力でここまで来ることができた。金学順さんが慰安婦だったと名乗り出た時は67歳だった。私は今65歳です。がんばります。

三上友衛さん=道労連議長(傍聴支援や集会参加をサポートしてきた)

権力におもねた、相当に権力を気遣った判決だ。民主主義の根幹は、少なくとも事実を探求したうえで議論し、決めていくのが絶対条件と考えている。そんなプロセスはどうでもいいと言われた気がする。根拠がなくても発言し、決着がつく前に執行してしまうことが労働現場でもある。私たちは事実を積み重ね、事実を突きつけて対抗していく。私たちは諦めるわけにはいかない。

岩上安身さん=IWJ代表(植村さんのインタビュー番組をライブ中継するために札幌に来た)

判決は櫻井よしこをジャーナリストとみなしていないことになる。名誉棄損と認めながら植村敗訴となったのは忖度か政治の介入か。彼女は日本会議の看板広告塔だ。今は傷をつけず温存するという政治的意思が働いたのではないかと、非常にうがった見方をしている。日本会議は「憲法改正が発議されたら国民投票に行く」という草の根署名活動に全力で取り組んでいる。権力はあらゆる手だてを使う、三権分立なんて知ったことじゃないと。私たちは疑心暗鬼の目で権力を監視すべきだと思う。

伊藤誠一弁護士=札幌訴訟弁護団共同代表 

さきほど植田さんから、こういう判決を予測できなかったのかと発言があった。本当に申し訳ない。植村さんを敗訴させた「真実相当性」に、こちらはきちんと論陣を張った、やるだけのことをやったけど、こういう結果になったことを申し訳なく思う。札幌高裁の控訴審でがんばる。

神原元弁護士=東京訴訟弁護団事務局長 

東京では慰安婦問題のデマの大元になっている西岡力と、週刊文春を発行している文藝春秋を訴えて、今月28日に最終弁論があり結審する。そこで判決日が示されるだろう。今日の判決は、本人が捏造だと思っているのだから捏造だ、と言っているだけだ。ただの通過点に過ぎない。

text by HH

 

札幌訴訟控訴審第1回報告集会 2020年4月25日(午後6時~8時)

札幌市教育文化会館301会議室 参加者60人 

 

高裁へと舞台は移った。一審判決は不当だ、しかし、「捏造ではない」の確信に揺らぎはない。櫻井氏の言説への批判はさらに強まる。一審をはね返す決意があいさつや報告に、あふれ出た。

 

開会のあいさつ=林秀起(植村裁判を支える市民の会事務局)

札幌地裁の判決はとても承服できない判決でした。櫻井氏はジャーナリストを自称していますが、それは違うだろう、と元新聞記者のジャーナリストの端くれとして私は思っています。私は現場で若い記者たちにいちばん最初に徹底的に教えたことは、事実の裏付けを確実に取るということです。そして、あの人はこう言っていた、この人はこう言っていた、というメッセンジャーではない、自分は何をどういうふうに思うのか、そこをきちんとしていなければ記事は書けない、と徹底的に教えてきました。

ところが一審判決は、櫻井さんがそのようなジャーナリストとしての最低限の基本のキをないがしろにして、植村さんの記事が捏造だと信じたことには相当の理由がある、との結論を導いています。

櫻井さんは、自分ができること、ジャーナリストとしてやらなければならないことを意識的にしないで、そのまま裁判に臨み、裁判で主張してきたことを裁判所が認めたということです。櫻井氏が捏造だと信じたんだからしょうがないんだろう、という判決です。これではジャーナリズムというものが成り立たなくなる。この判決を覆さないと、ジャーナリズムの将来はとんでもないことになるだろうと思います。皆さんとともに高裁の控訴審を見守り、植村さんを支えていきたい。

 

弁護団の報告=小野寺信勝弁護士(札幌弁護団事務局長)、殷勇基弁護士(東京弁護団)

小野寺弁護士はパワーポイントを使って控訴審の主要論点を説明し、今後の展開については「裁判所は次回期日を設定した。1回限りで終わらずに弁論が続行されることを高く評価している」と語った。殷弁護士は、東京訴訟が裁判官忌避により中断に至った事情を説明したあと、「慰安婦問題にかかわる裁判官は、戦時責任と戦後補償にどんな問題意識を持っているのか。その点についても、重大な関心を持ちつづけていきたい」と語った。

 

徃住嘉文さんの報告= 【櫻井よしこ氏の言説の変遷に重大な疑問】  

元道新編集委員の徃住さんが、櫻井よしこ氏の言説の重大な変遷について、具体的な資料をもとに説明し、櫻井氏の主張の大きなブレと乱れを徹底批判した。

櫻井氏はかつて、植村氏と同じように、慰安婦問題を戦時責任と人権侵害という視点から取り上げ、慰安婦の被害体験や境遇に心を寄せていた。植村氏が元慰安婦の金学順さんについて記事を書いた1991年の翌92年のこと、櫻井氏はキャスターをしていたニュース番組で「強制的に従軍慰安婦にさせられた慰安婦たち」と語り、週刊誌では「強制的に旧日本軍に徴用された」「戦地にまで組織的に女性達を連れていった」と書いていた。ところが、櫻井氏はそれから20年以上もたった2014年に、植村氏の記事を「捏造」と決めつけ、植村バッシングに火をつけた。

櫻井氏のこの重大な変遷に、はっきりした理由や根拠があるのだろうか。説得力のある合理的な説明がなければ、櫻井氏の責任を免じた札幌地裁判決の「真実相当性」も揺らぐ。弁護団が提出した控訴理由補充書はこの重大な疑問を詳しく論じている。

徃住さんは、ニュース番組映像を上映した後、「重大な疑問」の内容を説明した。徃住さんは100冊近くもある櫻井氏の著作を丹念に読み解く作業を続け、問題のニュース番組や記事を掘り起こした。番組の映像記録と週刊誌記事は、裁判の重要証拠として控訴審に提出されている。

 

植村さんのあいさつ=この日の法廷で述べた意見陳述の要点を説明したあと、高裁向け署名について、「1万3090筆という数、私たちはじつはもう勝っている、これは民衆法廷だ、青空のもとでの陪審に勝っている、ということだ、あとは札幌高裁で逆転するだけです」と語った。

 


札幌訴訟控訴審第2回報告集会 2019年7月2日(午後5時30分~8時30分)

札幌市・市教育文化会館4階講堂 参加者80人 

 

裁判報告に続いて、韓国の民主化運動を牽引した「伝説的」ジャーナリスト、任在慶さんと李富栄さんのあいさつと講演があった。植村さんの裁判を応援し韓国内に広めるために来日した両氏は、この日の裁判を最前列席で傍聴した。任さんは、初めて訪れた北海道の印象と日韓の民間交流の必要性を語った。李さんは、独裁政権時代の過酷な弾圧体験を交えながら、日韓関係の改善と悪化の歴史を振り返り、「朝鮮半島の平和の核は9条の精神にあるのではないか」と語った。

 

開会あいさつ=本庄十喜さん(北海道教育大准教授、6月に「支える会」共同代表に就任)

札幌地裁に続き東京地裁においても、植村訴訟は、信じがたい耳を疑う判決が続いています。このところ、日本国内では司法の良心とは一体何なのか、人権救済を一体どこに求めることができるのか、暗たんたるやりきれない判決ばかりが聞こえてきます。

しかし、植村さんがきょうの意見陳述で述べたように、歴史と真実に向き合うジャーナリズムの原点、それこそは市民社会の求める社会正義と合致するものだと思いますが、そのような社会正義が脅かされる場合、私たち市民ははっきりと異議申し立てをしなければなりません。

残念ながら日本社会は民衆の力で社会の変革をもたらした経験が非常に乏しいのですが、お隣の国、韓国は歴史上そのような経験が日本に比べて豊富だと思います。その意味で、日本よりも民主主義がより成熟した社会だと言えるでしょう。本日は韓国の民主化闘争の生き字引のようなお二人、任在慶さん、李富栄さんをお招きできたことをたいへん光栄に思っております。李富栄さんは本日、朝鮮半島における日本国憲法第9条をテーマに講演して下さいます。韓国の民主主義の体現者が第9条をどのように評価されるのか、講演をとても楽しみにしております。

日本社会でも不正義に対してノーという権利がきちんと保障され、社会正義を貫くことができる、まっとうな社会を私たちのものとするために、そして、それを未来に生きるこどもたちに受け継ぐために、控訴審も植村さんとともに、みなさんのお力をお借りして、ともに歩んでまいりたいと思います。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

 

安田浩一さんのトーク

今年1月にたまたまソウルに行き、かつて拷問があった南営洞にも行った。映画「1987 ある闘いの真実」の中で、刑務所の独房で調書を書き写して外部に流すという場面があって、映画の中の作り話かと思っていたが、李先生の講演で、あのような真実があったということがわかった。ソウルには今でも拷問に使われた部屋や、政治家、記者たちが投獄された刑務所が残されている。自らの犯罪、自らの過ちをきちんと施設、建物として保存し、残している。そこに韓国社会の強さというものを感じた。

日本では戦争犯罪であれ、民主主義に反したこと、すべてを残していない。過去の遺物を葬り去って、過去に何をしたのか一つ一つ教えることなく、過去の過ちを頬被りをして、私たちの社会から見えなくしている。それが今の日本社会であり、植村裁判の本質もそこにあるのではないかという気がする

私たちの社会がしてきたこと、国がしてきたこと、誤ったことを見ないですむようにし、なかったことにして、私たちの社会は前に進もうとしている。植村さんがやろうとしたことは、それをきちんと見つめることであり、そしてそれを阻止する社会というものがあり、政治があり、今、このせめぎ合いが起きているのではないか。過ちをきちんと総括することもしなかった。そのツケがさまざまな形で今の社会に亀裂を生んでいるのではないか。

一昨年アメリカに行った。アメリカが良い国とは思わないが、しかし戦時中に日本人、日系人を収容した施設が全部残っている。しかも「レイシズムの歴史」という看板を掲げ、それがレイシズム、人種主義、人種差別であったこと、過ちであったこととして、残している。第二次大戦でアメリカと戦ったのは日本だけではない。ドイツもイタリアも戦った。しかしドイツ人もイタリア人も1人も収容所にはぶち込まれてはいない。なぜか。日本人はアジア人だからだ。つまり明確な人種差別があったことをアメリカは認めている。

私たちの国はどうか。戦時中の誤りを何も認めていない。私は誤りを認めることに国の強さ、社会の強さを感じる。軍事でも経済でも人の数でもスポーツの強さでもない、本当の強さは、過ちを認めると言う行為の中に見出したいと思う。

私たちの社会には少なくとも戦後、幸いなことに、朴正煕も全斗煥もいなかった。報道の在り方をめぐって極端な弾圧を受けることもなかった。しかし今、私たちの国のメディアは、韓国やアメリカ以上に、めちゃくちゃ弱くなっている。拷問も暴力も弾圧もない。けれどもたぶん、私たちの国のメディアは、忖度し、おもねり、国家権力に都合のいい記事ばかり書き続け、時に弱々しく政権を批判する。そういう構図の中で、私たちは生きているような気がする。

あえて乱暴なことを言う。日本の記者を黙らせるには拷問なんて必要ない。勝手に拷問されたような顔をしてくれるから。暴力も必要ない。勝手に暴力を受けたような泣き言を言ってくれるから。

私たちはメディアという枠組みの中で国家権力にきちんとものを言うことができるのか。

私たちはできることをしよう、書けることを書こう、そして書かなければならないことは絶対に書いていこう。李先生の講演を聞いて、あらためてそう決意した。

 

植村隆さんの報告

私たちは巨大な敵と戦っているのだと思う。裁判の相手、櫻井よしこさんは、憲法改悪キャンペーンの民間組織のトップ。その機関紙に、東京訴訟の被告、西岡力さんは、安倍晋三首相と櫻井さんを慰安婦問題の「古くからの同志」という。

安倍さんは雑誌『正論』(0912月号)で「いま中学校の教科書に慰安婦の文字は無い」と自分たちの運動の成果をうたう。櫻井さんは1710月の産経新聞で「なんとしても安倍政権のもとで憲法改正を」と語り、安倍さんはビデオメッセージを櫻井さんの団体に送ってエールを交換する。

今年元旦の産経新聞の新春対談で、司会の櫻井さんが冒頭で「私は民間団体として、憲法改正の第一歩を後押ししたい」、安倍さんは「国民的な議論と理解が深まっていくように」と返す。今日買った雑誌『HANADA』」にも安倍・櫻井対談が組まれている。

忘れてはならない戦争犯罪、伝えなければならない様々な歴史、記憶の継承に対するテロが起きている。ソウル南山ふもとの公園に、「記憶されない歴史は繰り返される」と刻まれた慰安婦に関するモニュメントがある。この言葉を噛みしめ、裁判の勝利、河野談話の継承、ヘイトのないお互いが尊敬する社会の実現を決意してきた。

さらに加えて、骨のある若い記者を育てることを目指している。

一つの取り組みは、日韓のジャーナリスト志望の学生が交流し、一緒に取材、討論し、酒を飲み、メシを食い、共に歴史を直視し、東アジアの問題を考えていく試み。これまで4回開いてきた。

1回目は韓国。元慰安婦のおばあさんが共同生活する「ナヌムの家」を訪れ、ソウル市長を共同取材した。

2回目は広島。中国新聞社を訪問、記者時代に朝鮮人被爆者の問題に取り組んだ平岡敬・元広島市長の話を聞いた。3回目は沖縄、今年5月には韓国の光州で文大統領の演説、ソウルでは李富栄さんの話を開いた。

6月から東京で「金曜ジャーナリズム塾」を始めた。初回はジャーナリスト青木理さんが講師。学生たちが青木さんの話を一生懸命メモしているのを見ると、我々の世代の経験が若い世代に引き継がれていくのを実感した。毎月第4金曜日の夜、週刊金曜日編集部の一角で開く。

「骨のある記者」を10年、20年と育てていければ、世の中は変わると信じている。

 

 

札幌訴訟控訴審第3回報告集会 2019年10月10日(午後6時開会)

札幌市・市教育文化会館4階講堂 参加者80人 

 

弁護団の報告=小野寺信勝弁護士

(5年にわたった一審と控訴審の裁判を振り返ったあと)、今日の弁論で書面は出し切った。あの主張を追加しておけば、とか、あれは誤りだった、というものは全くない。この書面をもって、高裁ではよほど特殊な事情がない限り、地裁判決はひっくり返るだろう。そう期待している。

 

西嶋真司さんの報告=完成が近づく映画「標的」の解説トークをし、短縮版を上映した。西嶋氏は撮影と取材の舞台裏のエピソードも披露した。取材や撮影を拒否した重要人物は2人いて、そののひとりは、「捏造という言葉は日本語にある。なぜそれを使ってはいけないのか」と3度も言い放ったという。

 

韓国からの支援者=韓国から植村さんの応援にかけつけた「植村隆を考える会」のメンバー12人が紹介され、会場には大きな拍手が起こった。同会は9月16日にソウルで結成され、著名なジャーナリスト、大学教授、宗教家らが呼びかけ人に名を連ねている。

 

植村さんのあいさつ=集会の最後に植村さんが日韓両国語で挨拶し、控訴審結審までの5年間にあった3つの変化について語った。変化のひとつは、裁判を通じて櫻井、西岡両氏のインチキぶりが徹底的、完膚なきまでにあぶり出されたこと、そして、様々な人が裁判にかかわり、民主主義、歴史の真実、人権を守る大きなネットワークが広がり構築されたこと、3つ目は自身の健康状態はすこぶる良好で食欲は旺盛、胴回りが3センチ増えてズボンがきつくなったことだという。会場には共感の拍手と笑い声が絶えなかった。

 

 

札幌訴訟控訴審判決報告集会 2020年2月6日(午後6時30分開会~8時30分)

札幌市・札幌エルプラザ3階ホール 参加者100人 

 

大雪の中、会場には約100人が集まった。植村氏と弁護団の報告、ジャーナリスト安田浩一さんと新聞労連委員長・南彰さん、映像作家・西嶋真司さんのトーク、韓国から訪れたウセンモ(植村隆を考える会)の李富栄さんと李京禧さんのあいさつ、ピアニスト崔善愛(チェ・ソンエ)さんのピアノ演奏とトークと、盛りだくさんのプログラムが進行した。集会の最後に、弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士と、支える会共同代表の上田文雄さん(前札幌市長)が、上告審でも闘い抜こうと訴え、支援を求めた。

 

小野寺信勝・弁護団事務局長=この判決は、「植村さんを勝たせない」と最初から決めて、論理的に無理な理屈を組み立てた判決だ。私たちは数百ページに及ぶ主張をしたが、判決は実質10ページ、重要部分は5ページ程度。櫻井氏は3つの資料を誤読・曲解し自論を立てているが、判決は「資料を総合考慮し」という言葉で片付けた。また強制連行を「居住地から無理やり」という限定的な意味でとらえている。事実をもとに下から積み上げた結論ではない。これまでの最高裁の判断から大きく逸脱している異常な判断だ。

植村隆さん=こういう(捏造記者と決めつけた)ことは本人に取材して事実確認しなくても免責されるという判断は非常に危険だ。札幌地裁で、私を捏造記者というのは「言いがかりだ」と証言した北海道新聞の喜多義憲記者の証言は、高裁も無視した。検討すれば「植村を勝たせない」という結論が崩れるからだろう。裁判は、独立した、司法の専門家が証拠や事実に基づき合理的な判断を下すものと思っているが、裁判の劣化をしみじみ感じる。しかし提訴したことで誰も捏造記者と言わなくなった。この問題はおかしい、不当だと、一緒に闘ってくれる人がたくさん出来た。正義を実現してくれという市民たち横のつながりが生まれた。新しい闘いが始まります。これからも、どうかお力を寄せて下さい。

神原元・東京弁護団事務局長=3月3日の東京高裁判決がどうなろうと、植村裁判は最高裁に持ち込まれる。裁判官は理詰めで判断する人たちだが、その前に直感として「こうじゃないの?」と感じることは、人間だからありうる。その直感は社会の雰囲気とか世論が影響する。世論には右傾化を食い止め、裁判所を動かす力もある。草の根から私たちの意見を広げ、差別主義、歴史修正主義と闘って行きたい。

安田浩一さん=ひどい判決だ。取材をしなくても手元に資料があれば、それで記事を書いても構わないという。デマをちりばめたネトウヨのまとめサイトだって、記事として肯定できるということだ。この裁判では植村さんの正義と櫻井さんの不正義がぶつかり合っている。不正義を後押しし、扇動しているのはだれか。私は裁判長の背後に、日の丸の旗、日本という政府、国家が浮かび上がるような気がする。

南彰さん=櫻井氏は判決を受けて「言論の自由が守られた」とコメントした。はっきりしたことは、どういう表現・言論の自由が争われているのかということだ。歴史的事実と向き合い、普遍的な人権を尊重する表現の自由か、それともそうした事実を抹殺し、捏造記者といった非常に暴力的なレッテルを貼っても免責される表現の自由か。その2つが問われている大きな闘いだ。

李富栄(イ・ブヨン)さん=胸が痛む判決だった。軍事独裁政権の韓国で、司法府が人権弾圧機関に成り下がったのを私たちは見てきた。植村さんと一緒に、北東アジアの平和、日韓の善隣友好を実現させるため、皆さんと共に歩みたい。

李京禧(イ・ギョンヒ)さん=慰安婦被害者が最も多い韓国慶尚南道で「日本軍慰安婦歴史館」建設に取り組んでいる。また慰安婦記録のユネスコ「世界の記憶」遺産登録運動も進めている。ご支援をお願いしたい。

伊藤誠一弁護団共同代表=司法の場できちんと主張し証拠も出したのだが、司法を変えることができなかった。力を抜いたわけではないが力不足だった。最高裁に向けて決意を新たにする。著名な教育学者、勝田守一氏の言葉、魂、ソウル(soul)は頑固に、マインドは柔軟に、スピリットは活発に、を思い起こしながら役割を果たしたい。

上田文雄さん=今朝、訴状を読み返しながら、提訴の日(2015年2月10日)から5年経ったんだ、と思った。残念な判決となったが、(慰安婦の)歴史をなかったことにしたいという思いが一審判決そして今回の判決で先行している。植村さんの正当性をはっきり示した(元道新の)喜多義憲さんの証言については失礼なことに一言もふれずに、ネグレクトした不自然さ、不誠実さには、激しい怒りを皆さんと共有したい。証拠に基づく判断、それが司法の役割だと思う。権力におもねることなく、独立したまっとうな判決をする、証拠に基づいて、いやな事実も恥ずかしい事実もあるものはある、決してなかったことにしない、それを証明し主張を通していくのが裁判所の役割だと思うが、それを怠った裁判所の罪は大きい。ごめんなさいと言わなければならないのは裁判所だ。ここで矛を収めるわけにはいかない。

まとめtext by H.H. 

 

札幌訴訟 終結報告会 2021年4月10日(午後1時開会)

札幌・北海道自治労会館ホール 参加者160人 

 

裁判終結報告会は、映画「標的」の上映会を兼ねて開かれた。札幌で集会が開かれるのは昨年2月の控訴審判決から1年2カ月ぶり。コロナ禍の下、札幌市では他市域との往来自粛が続行中で、道の宿泊割引キャンペーン「どうみん割」も札幌市は除外されたまま。会場の入り口では手指消毒と検温が行われ、座席にはディスタンスが設けられた。参加者は160人ほど。旭川や室蘭からの参加もあり、映画「標的」の上映を地元でも実現したい、と語っていた。

報告会では、伊藤誠一弁護士(弁護団共同代表)と植村隆さんが、札幌で5年にわたった裁判を振り返り、確定判決の問題点と裁判で得た成果について、それぞれの思いを語った。

伊藤弁護士=裁判官に誤った判断をさせない社会の力が不足
伊藤弁護士は、「勝利報告ができないことに非力を感じ、お詫びを申し上げたい。支援のみなさんの大きな量と高い質の活動には驚くばかり」と語った後、裁判の成果として、▽櫻井氏側からあった審理東京移送の動きを止めた▽植村バッシングを緊急避難的に止めた▽金学順さんの名誉を守るたたかいであることも含め、植村氏は自身の主張と姿勢を貫いた▽元道新記者の喜多氏の誠実な証言は説得力があった▽櫻井氏の尋問も大きな成果を上げた▽言論の名による不法と無法を許さないたたかいは北海道における「法の支配」を貫く上で重要な経験となった、ことを挙げた。背筋を伸ばし古武士然として語る伊藤弁護士の話に、参加者は静かに耳を傾けていた。判決の核心である「真実相当性」のハードルを著しく下げた裁判官の判断については、「慰安婦の問題では、いまだ私たちの社会には、誤った裁判を許さないという強い力、通有力が十分ではないという面もあるのではないか」と分析した上で、「民主主義を傷つける事態には毅然と立ち向かっていく」と結んだ。

植村さん=人権侵害被害者の側に立ち続ける
植村氏は、「皆様と闘えたことの喜び」と題するメッセージを会場で参加者に配布し、その文章に沿った形で語った。「本当に悔しい。裁判を起こす時には負けるなどとは思っていなかったのです。この裁判で勝った連中は裁判の途中で自分の記事を訂正しているんですよ。なんで私が負けるんですか」と述べ、「しかし、裁判では、支援の市民による調査で、西岡氏や櫻井氏のフェイク情報を明らかにできた。ですから、これは勝利的敗訴なのです」と語った。口調は終始穏やかで、時にジョークも交え、会場からは笑いと拍手が起きていた。5年間つとめた韓国カトリック大学の教授職は、コロナ禍によって日韓往来の負担が増えたため、2月末に退職したとの報告もあった。「5年前に大学(神戸松蔭女子学院大)から断られた私が、こんどは私からお断りすることになりました」とのことだ。映画「標的」は東京の外国特派員協会と日本記者クラブで披露会見があり、いよいよ公開が始まる。週刊金曜日のほうは社長任期が2期目に入った。「バッシングの被害にあっている人々の側に立ち、日本に言論の自由や民主主義を根付かせることが私のすべき仕事だと思う」とこれからの決意を語った。

 

◆発言、メッセージ詳報 こちら