判決を批判する 札幌訴訟 判決批判

 

地裁判決について

報告集会での発言

櫻井の杜撰な調査や誤引用を無批判に認めて免責

判例逸脱と櫻井言説の変遷について

学者、ジャーナリストからの批判

ここがおかしい13の疑問点  

 

高裁判決について

「不当判決だ。上告する」

櫻井よしこ免責は政権「忖度」か

 

 

札幌地裁判決  報告集会での発言

 

小野寺信勝弁護士 「櫻井の職業責務を無視した不当判決」

判決は、「植村さんが記事を捏造した」と櫻井氏が書いたことを、名誉棄損に当たると判断した。しかし櫻井氏に免責される事情を認定し、請求は退けられた。「植村さんが記事を捏造した」と判断されたのではない。

金学順さんがどういう経緯で慰安婦になったか、裁判所は認定できないとした。その上で、櫻井氏がいろいろな記事や訴状を見て、継父によって慰安婦にさせられたと信じたのは、やむを得ないとした。また植村さんの妻が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の娘という親族関係から、植村さんが公正な記事を書かないと信じてもやむを得ない、としている。

判決はさらに、植村さんが意図的に事実と異なる記事を書いたと、櫻井氏が信じたのもやむを得ないとした。だが一足飛びに「捏造したと信じた」というのは論理の飛躍だ。それに櫻井氏が、事実に基づいて物事を評価するのが職責のジャーナリストであることを考慮していない。

櫻井氏の本人尋問では、杜撰な取材ぶりが明らかになったが、これでは、不確かな事実であっても信じてしまえば名誉棄損は免責されてしまうことになる。櫻井氏の職責(職業責務)を無視した非常に不当な判決だ。

 

上田文雄氏(弁護士、前札幌市長) 「市民の良識と正義感を打ち砕く不当判決」

北星事件と植村バッシングの当初から、私たちは民主主義社会における許し難い言説として、問題の真相を語り、闘う意味を伝え、多くの支援を得てきた。支援された方々に心から感謝します。だが判決は、市民の良識と正義感を打ち砕く、まったく不当な判決となった。

私は司法が、櫻井よしこ氏の杜撰な取材を叱り、ジャーナリズムに高い水準を強く求める判決が欲しかった。控訴審でも、この裁判が持つ意味をさらに多くの方々と共有していきたい。

 

植村氏 「悪夢のようだ。言論の世界で勝ち、法廷で負けた」 

悪夢のようだった。典型的な不当判決だ。私は承服できない。高裁で逆転判決を目指すしかないと思っている。櫻井氏が自分に都合のいい理屈で私を捏造記者に仕立てようとしたが、本人尋問でその嘘がボロボロ出てきた。裁判でただ1人の証人、元北海道新聞記者の喜多義憲さんは、私が書いた数日後、金学順さんにインタビューした。当時の状況を証言し、櫻井氏らの植村攻撃を「言いがかり」と証言した。

新聞労連や日本ジャーナリスト会議は支援を組織決定した。ジャーナリストの世界では、植村は捏造記者ではない、櫻井氏がインチキしていることは知られているが、それが法廷では通用しない。私は言論の世界では勝っているが、この法廷では負けてしまった。

私が怒っているのは、櫻井氏らの言説によって、名乗らないネット民たちが娘の写真を流したり、大学に脅迫状を送るなど、脅迫行為が広がったことだ。こんなことを放置したら、家族がやられる。20年、30年前の記事に難癖をつけられたら、ジャーナリスト活動ができなくなる。

困難な戦いだったが、私は皆さんと出会えた。敗訴した集会でこんなふうに会場が満員になる。市民は我々の側にある。我々は絶対に負けない。

 

札幌地裁判決  櫻井の杜撰な調査や誤引用を無批判に認めて免責

 

解説 小野寺信勝(札幌弁護団事務局長)

裁判所は、金学順氏が継父により人身売買されて「慰安婦」になった経緯を知りながら植村氏が報じなかったと、櫻井氏が信じてもやむを得ないと判断した。

裁判所がその根拠にした主な証拠は次の三つである。ハンギョレ新聞91年8月15日付、91年12月6日に金学順氏が日本政府に戦後補償を求めた訴状、月刊「宝石」92年2月号に掲載された臼杵敬子氏の論文「もうひとつの太平洋戦争」である。

しかし、裁判を進める中で櫻井氏はこれらを誤引用し、恣意的評価を加えていたことが明らかになった。

櫻井氏は金学順氏の訴状を根拠に植村氏の「慰安婦」報道を非難してきた。『産経新聞』14年3月3日付に「真実ゆがめる朝日報道」と題したコラムを掲載し、「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」にも拘わらず、「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていないと非難した。しかし、訴状には、櫻井氏が引用する記載は一切ない。彼女は書かれていない「事実」を引用して植村氏による「慰安婦」報道の捉造を強調したのだ。

また、『ハンギョレ新聞』には「14歳の時に平壌にあった検番に売られていった」とあり、日本軍に売られたという記載はない。記事には続きがある。「私を連れて行つた義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」。つまり、強制連行の被害者として報じていた。前記臼杵論文に至っては、金学順氏が日本軍人に売られた記載がないだけでなく、より詳細に強制連行の場面を報じているのである。「養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです」「私とエミ子は、軍用トラックで、着いたところが北支のカッカ県テッペキチンだった」「将校が私を小さな部屋に連れて行き、服を脱げと命令したのです」。

これらの証拠はどこにも金学順氏が人身売買により「慰安婦」になったとは書かれていない。そればかりか櫻井氏により恣意的に評価されてきたものばかりだ。

ところが、裁判所は理由を示すことなく、これらの証拠の援用に正確性が欠ける点があっても相当性を欠くとは言えないと、真実相当性を肯定してしまった。

また、植村氏が「慰安婦」と無関係な「女子挺身隊」とを結びつけて金学順氏を強制運行の被害者として報じたことについては、前記のとおり日本国内の報道で「慰安婦」を意味するものとして「女子挺身隊」という用語が用いられていたことは問題でないとし、真実相当性を認めてしまった。

加えて、植村氏の妻が太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事の娘であり、金学順氏を含む同遺族会会員が91年に日本政府を提訴したとして、植村氏が敢えて事実と異なる記事を執筆したと信じたことに相当の理由があるとした。言うまでもなく記事の握造は記者の重大な職業倫理違反であり、自殺行為である。それほど記者にとって握造は重い行為である。それを親族関係を主な理由として、敢えて事実と異なる記事を書いたと信じてもやむをえないと判断することは論理の飛躍である。

本来、真実相当性が肯定されるためには、信頼できる資料や取材に基いて事実と信じてもやむを得ないと言えなければならない。また、ここでいう合理理的資料は、91年当時ではなく、櫻井氏がコラムなどを執筆した14年当時の合理的資料により判断されねばならない。

櫻井氏は91年当時の資料だけを、かつ歪曲した評価を加えて、「植村握造説」を喧伝した。さらに、何より記事執筆にあたって植村氏はもとより、金学順氏をはじめとする元慰安婦、朝日新聞等に一切の取材を行なっていない。

何より彼女は言論に責任を負うべきジャーナリストを自称している。このような杜撰な事実調査を無批判に受け入れ櫻井氏を免責させることは承服できない。

 週刊金曜日 2018年11月16日号より部分収録

 

札幌地裁判決  判例逸脱と櫻井言説の変遷について

 

控訴理由書全文はこちら

「控訴理由書」p5~6より

原判決は、控訴人が1991(平成3)年に朝日新聞社記者として執筆した慰安婦に関する記事につき、被控訴人櫻井良子(以下「被控訴人櫻井」という)が、被控訴人ワックらが発行する雑誌及びインターネット上で「捏造記事」などと表現した行為について、控訴人の社会的評価を低下させるものであると認定しながら、被控訴人櫻井が摘示事実を真実であると信じたことに相当の理由があること、又は、被控訴人櫻井の表現は人身攻撃に及ぶなどの意見ないし論評の域を出るものではないという理由で被控訴人らを免責させた。

名誉毀損の免責要件である真実相当性について、「判例理論は、相当の理由をかなり厳格に判断しており、相当の理由が肯定されるためには、詳細な裏付け取材を要するのが原則である」と指摘されている(最高裁判所判例解説民事編平成14年度124頁)。最高裁判例及び下級審裁判例を俯瞰すると、真実相当性により表現者を免責させた事例は、慎重な裏付取材がない場合には情報に一定の信用性がある場合であっても真実相当性を否定するなど、極めて厳格に判断している。

ところが、原判決は、被控訴人櫻井が資料を誤読・曲解し、「捏造」の根拠とする訴状の引用などを繰り返し間違え、「捏造」と書くのに必要不可欠な控訴人本人及び関係者に取材はおろか取材の申込みすら行っていないにも関わらず、被控訴人櫻井の真実相当性を肯定した。これは従来の判例理論から大きく逸脱する誤った判断であり、破棄されなければならない。

仮に、被控訴人櫻井の表現が意見ないし論評である場合であっても、「捏造」などの表現は控訴人の人格を著しく傷つけ、記事に対する批判を大きく逸脱し、人格非難、人格否定というべき内容である。さらにまた、控訴人の真実を追究するべきジャーナリスト、大学教員という職業上の信用を失墜させ、社会生活上の基盤をも脅かす性質のものであることなどからすれば、人身攻撃にも及ぶものであり、意見ないし論評としての域を逸脱している。

被控訴人櫻井は、週刊時事1992年7月18日号で発表した自身のコラムの中で、金学順氏を含む元慰安婦について「強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えと表現しているとおり(甲123、124)、金学順氏は人身売買により慰安婦になったとは考えていなかった。また、被控訴人櫻井は、週刊新潮1998年4月9日号では本件記事Aを「訂正されない誤報」と表現していたが(甲125)、控訴人等に取材申込みすら行わずに、2014(平成26)年になって本件記事Aを「捏造」と表現をエスカレートさせた。

 

札幌地裁判決  学者、ジャーナリストからの批判

 

志田陽子(武蔵野美術大学教授、憲法学)

「捏造」という言葉は、ジャーナリストや大学に所属する教育研究者にとっては「評判が下がる」といった程度の信用低下ではなく、職業上不可欠の社会的信頼性を失わせる言葉である。その深刻さを、原判決は十分に認識しておらず、そのために「真実相当性」の検討のさいにも、①被控訴人が払うべきだった注意、行うべきだった取材、示すべきだった根拠、②当然に有するべきであった結果発生(その高度な蓋然性)への認識について、誤った判断をしたのではないか、との疑念を禁じ得ない。(札幌高裁あて提出「意見書」より部分収録 p9-10)  意見書 PDF 

 

右崎正博(獨協大学名誉教授、憲法学)

本件においては、1991年に控訴人が執筆し、朝日新聞に掲載された2本の記事が、2014年になって、批判・攻撃されている。なぜ23年後になって突然、「捏造記事」という激越な表現で批判・攻撃の対象とされるに至ったのか(それまでは「誤報」という批判がなされていた)、なぜ6本の論文によって批判・攻撃が繰り返されたのか。その背景についてはほとんど語られていないが、控訴人をターゲットして選び出し、バッシング対象とするような「人格攻撃」的性格を否定できないように思われる。この点について、原判決は「被告櫻井自身の『信念』の正当性を根拠づけ、強調するべく、原告や朝日新聞に対するバッシングを拡散することが主眼とするものであったことは認め難い」としているが、この判断は妥当であるのか、もう一度精査する必要があると思う。(札幌高裁あて提出「意見書」p25) 意見書 PDF 

 

日本ジャーナリスト会議(JCJ)

JCJは櫻井氏の一連の「捏造」攻撃がきっかけとなり、植村氏への脅迫が広り、それも「娘を殺す」などの殺人予告につながっていった経緯を許すことはできない。判決はこうした脅迫行為のエスカレートに関しても、深刻に受け止める姿勢を見せていない。民主主義を守るべき裁判所、裁判官が自らの矜持を捨て去った判決であり、改めて抗議する。(2018年11月15日付け抗議声明より)

 

札幌地裁判決  ここがおかしい 13の問題点

 

■解説 判決の問題点を、控訴理由書、同補充書に書くかれている弁護団見解・主張をもとに、まとめた。

 

1 真実相当性従来の判例を逸脱する判決

名誉毀損が免責される要件である「真実相当性」を、これまでの判例はかなり厳格に判断しており、相当な理由と認めるには、詳細な裏づけ取材を要するのが原則である。じっさいに最高裁判例と下級審判例を見ると、慎重な裏づけ取材がない場合には、情報に一定の信用性があっても真実相当性を否定するなど、極めて厳格に判断されている。

櫻井氏は資料を誤読・曲解し、自身が根拠とする訴状の引用などの間違いを繰り返した。「捏造」と決めつけて書くためには植村氏本人および関係者への取材が必要不可欠だが、櫻井氏は裏づけ取材はおろか取材の申込みすら行っていない。にもかかわらず、判決は櫻井氏の「真実相当性」を肯定した。これは従来の判例理論から大きく逸脱する誤った判断であり、破棄されなければならない。

 

2 意見・論評「捏造」は域を逸脱した人身攻撃だ

櫻井氏の表現が、仮に「事実の摘示」(当否の証明が可能な客観的な事実の指摘)ではなく、「意見ないし論評」(主観的な物の見方の表明)であっても、「捏造」という表現は植村氏の人格を著しく傷つけ、記事に対する批判を大きく逸脱した人格非難、人格否定というべき内容である。植村氏のジャーナリスト、大学教員としての職業上の信用を失墜させ、社会生活上の基盤をも脅かし、人身攻撃にも及ぶものであり、「表現の自由」により保障される意見ないし論評としての域を逸脱している。

 

3 人身売買説櫻井の根拠資料からも読み取れぬ

櫻井氏は、金学順氏が継父により日本軍人に人身売買された、と主張し、植村記事を「捏造」と決めつけた。しかし櫻井氏が最大の根拠とした資料(ハンギョレ新聞1991年8月15日付、金氏の91年の訴状、「月刊宝石」92年2月号の臼杵敬子論文)からは、人身売買されたとは読むことはできない。金学順氏本人は、人身売買ではなく、日本軍人に強制連行されて慰安婦にさせられたと供述している。日本国内にも金学順氏の供述に沿う報道が多数存在する。

櫻井氏が、金学順氏の供述は事実ではなく、継父による日本軍人への人身売買が事実であることを主張するためには、その確認が必要だ。しかし、金学順氏や挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)等への取材とその申し込みを一切しておらず、資料・文献調査を実施した形跡もない。つまり、櫻井氏は、継父による人身売買とは異なる事実が記載された資料について、合理的な注意を尽くして調査検討したと評価することはできない。

したがって、「金学順氏をだまして慰安婦にしたのは検番の継父、すなわち血のつながりのない男親であり、検番の継父は金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとしていたことをもって人身売買であると信じた」との判決の認定は、真実ではなく、真実と信じたことにも相当の理由はない。

 

4 櫻井の大ミスなのに真実相当性を認めた判決!

櫻井氏は、植村記事を「捏造」と決めつけて、「(金学順氏が日本政府を提訴した)訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」としたが、訴状に「継父により日本軍人に人身売買により慰安婦にされた」と読める記載は一切なく、完全な誤りである。

櫻井氏はこの誤りを、産経新聞、「月刊正論」、BSフジ・プライムニュース、「たかじんのそこまで言って委員会」でも繰り返している。このような初歩的な誤りは、訴状を引用する際に最低限行うべき確認を行っていないことの証左である。資料を確認するというジャーナリストとしての基本的動作を怠ったからにほかならず、櫻井氏の過失を基礎付ける重要な事実である。

ところが、判決は、櫻井氏がハンギョレ新聞と臼杵論文も資料としていたことを根拠に、訴状の援用に正確性が欠けても「人身売買されたと信じたこと」に真実相当性を欠くとはいえないとした。援用の正確性が欠けたことを、判決は「齟齬」と表現し、櫻井氏の重大な過失には目をつぶった。櫻井氏が誤りを認め続けた本人尋問を、裁判官はなぜ看過したのだろうか。

 

5 櫻井説の変遷92年当時は「強制徴用」と認識

櫻井氏は、「週刊時事」1992年7月18日号で発表したコラムにおいて、金学順氏らが日本政府を提訴した訴訟について「東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ」と書いている。

このコラム掲載時点で日本政府を提訴した元慰安婦は金学順氏を含めて3名で、実名による提訴は金学順氏だけだった。また、このコラムで、金学順氏が人身売買により慰安婦になったという認識を一切伝えておらず、むしろ、金学順氏を含む元慰安婦について「売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は、言語道断、恥ずべきである」と指摘している。これらの記載は櫻井氏が、金学順氏を含む元慰安婦が「強制的に日本軍に徴用され」たとして提訴した、という認識を示すものである。

このように櫻井氏は、植村氏が記事を書いた翌年(1992年)には、金学順氏は「強制的に徴用され」て日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられたと認識しており、継父によって人身売買されたという認識は有していない。

 

6 明らかな誤り慰安婦を公娼制度の売春婦と認定

判決は、慰安婦を「太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称のひとつ」と認定するが、この認定は日本政府の公式見解などに反しており、明らかに誤りである。

被害者の多くは公娼制度とは無関係に日本軍や軍の要請を受けた業者によって、暴力や詐欺・人身売買などの方法で徴集され、軍の管理下で慰安所で日本軍将兵に性暴力を受けた点に特徴がある。判決の認定は「河野談話」など日本政府の公式見解や国連の公式文書などに反するとともに、慰安婦の人権侵害の本質を全く無視している。

 

7 強制連行説あり得ない櫻井の誤読

櫻井氏は、金学順氏が慰安婦として初めて名乗り出る以前に、「挺身隊の名で」との表現が、日本や韓国の報道機関などが日本軍による慰安婦の強制連行を報じる際に使用してきた常套句である、と陳述書で述べている。また、本人尋問においても、「挺身隊」という言葉を「慰安婦」を意味する言葉として使用することがあることを認めている。

櫻井氏が、「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という植村氏の記事の記述を、女子挺身勤労令に規定する「女子挺身隊」と誤読することはありえない以上、「植村は、何の関係もない女子挺身隊を結びつけ、女子挺身隊の名で金学順氏が日本軍によって戦場に強制連行されたものと報じたと信じる」ことに相当の理由はない。

櫻井氏は執筆にあたって、植村氏本人への取材が必要不可欠であり、なおかつ取材が可能であったにも関わらず、取材どころかその申込みさえ行っていない。このことからも、「植村が意図的に慰安婦と挺身隊、女子挺身隊とを結び付けて報じたと信じる」ことに相当の理由がないことは明らかである。

 

8 縁戚便宜説単なる憶測を「相当」と判決が認定

判決は、植村氏の義母が遺族会の常任理事であり、植村氏の記事が報じられた4カ月後に金学順氏を含む遺族会会員が訴訟提起したことを根拠として、「事実と異なる記事を敢えて執筆した」と櫻井氏が信じてもやむを得ないとの結論を導いている。しかし、この根拠は、単なる憶測に過ぎない。「捏造」という記者としての重大な職業倫理違反を決めつけるための、客観的で信頼できる根拠と評価することはできない。

植村氏が義母や遺族会の活動を有利にするために記事を書いたのであれば、縁戚関係を利用して特権的に取材源にアクセスして報道したり、継続的に義母の活動等を有利にするための記事を書いたはずである。ところが、植村氏は金学順氏へのインタビューや実名報道ができなかった。情報を入手していれば当然参加しているはずの共同記者会見にも参加できなかった。

このように植村氏の取材状況、報道状況に鑑みても、縁戚関係を利用して義母や遺族会の訴訟を有利にする記事を執筆したと評価ができないことは明らかである。

櫻井氏はこの点についても必要な取材を行わず、根拠になり得ない事実をもとに、「植村が事実と異なる記事を敢えて書いた」と信じた。「そう信じたことに相当の理由がある」と認定した判決は誤りである。

 

9 一般読者が基準櫻井はジャーナリストなのか

判決は植村記事について「一般読者の普通の注意と読み方を基準」として判断するが、記事内容が事実と異なると主張する櫻井氏は、一般読者ではなく慰安婦問題を精力的に発信するジャーナリストのはずだ。その櫻井氏が23年前の植村記事を「捏造記事」とした2014年に、専門的立場から記事をどう読んだのか。

金学順氏が慰安婦になったのは1939年。女子挺身勤労令が発効する5年前である。女子挺身勤労令で慰安婦になったのではないことを櫻井氏は当然承知していただろうし、金学順氏のことが報道される以前から「女子挺身隊」という言葉が慰安婦を意味すると認識していた。植村記事の「女子挺身隊の名で戦場に連行」という表記を、女子挺身勤労令に基づく「女子挺身隊」と読み取ることはあり得ない。

判決は、櫻井氏がジャーナリストであることを無視している。客観的に信頼できる資料や根拠に基づき、取材を尽くし、言論に責任を負うジャーナリストが、一般読者の普通の注意と読み方で足りるとすることはできない。裏付けの努力を怠り、可能で、容易なはずの取材、資料の調査検討もしない櫻井氏は、限りなく一般読者に近い「ジャーナリスト」である。

 

10 杜撰な取材自説を裏付ける調査検討なし

判決は、「捏造記事」という表現が名誉棄損にあたると認めたが、櫻井氏が摘示した事実を「真実と信じたことに相当の理由がある」として植村氏の訴えを退けた。

捏造とする論拠は、慰安婦だったと記者会見した金学順氏を報じた一部の韓国紙、日本政府を訴えた訴状、それに彼女との面談をもとにまとめた論文。金学順氏は強制連行された慰安婦ではなく、人身売買から売春婦となった女性という論理だ。櫻井氏が「金学順氏は継父によって人身売買された」と信じたとしている。

しかし「日本軍人に強制連行され慰安婦にさせられた」と金学順氏は供述している。はっきりしているのは櫻井氏が、自説を裏付ける取材、資料の調査検討をしていないことだ。

金学順氏の供述(日本軍人が連行)に沿った日本の報道は多々あるが、その内容を確かめようとしていない。植村記事を捏造というのであれば、植村本人への取材は不可欠だが、その申し入れもしていない。金学順氏から聞き取り調査した韓国挺身隊問題対策協議会に対しても同様だ。

慰安婦問題で発信を続ける著名な櫻井氏であれば、容易で、可能な取材であり調査だ。立場が異なる相手に対する取材は、ジャーナリズムの世界では「基本のキ」、必須なのだ。

 

11 公正な論評とは人身攻撃は免責されない

櫻井氏の論評は、真実ではない事実や合理的関連性のない事実を前提にし、かつ、植村氏が意図的に虚偽の記事をでっちあげたとする、植村氏の内心に結びつく事実を何ら提示していないものである。このような論評は、人身攻撃に等しく、意見ないし論評の域を逸脱したものであるから、公正な論評の法理によっては免責されない。

 

12 公共性と公益性一私人の適格性には及ばない

櫻井氏は、植村氏が私立大学に非常勤講師として勤務していることをとらえ、教員としての適格性を問題にした。当時、植村氏は非常勤講師として国際交流講義を担当する一私人にすぎなかった。学内で大学運営に直接的に携わるものでもなく、学内や社会に対して権力や権限を行使する立場にもなかった。植村氏の大学教員としての適格性に関する事実は、多数一般の利害に関係せず、多数一般が関心を寄せることが正当とも認められない。したがって、櫻井氏が書いた大学教員としての適格性に関する事実は、「公共の利害に関する事実」ではない。

判決は、櫻井氏が「慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢」を批判することに「公益目的」を認めた。仮に櫻井氏が言うように、朝日新聞の報道姿勢に対する批判を本件各記事執筆の目的としたとしても、その目的の下に、記事を執筆してから23年が経過し、既に朝日新聞を退職した一私人である植村氏に対し、大学教員の適格性がないなどと論難することにまで目的の公益性を認めることは相当ではない。

 

13 最重要証言不採用は明白な経験則違反

植村氏と同時期に、ほぼ同内容の記事を書いた喜多義憲氏(元北海道新聞ソウル特派員)の証人尋問は、植村裁判の最重要なポイントであるといえる、1991年当時、植村氏が金学順氏の証言テープに基づいて「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と報道したことが、「捏造」ではあり得ないことを示す、最も重要な証言であった。この証言部分につき、その信憑性について何らの説明もしないまま採用せず、いわば無価値なものとして扱っているのであって、そこには、事実認定における明白な経験則違反がある。

文責=H.H、H.N

  

 

札幌高裁判決  「不当判決だ。上告する」

 

植村氏 「これでは、取材せずに「捏造」断定が可能になる」 

(判決後に開いた記者会見で)

これは不当判決であり絶対に容認することはできません。札幌地裁の不当判決では真実相当性のハードルを地面まで下げて櫻井氏を免責しました。高裁の審理では過去の判例9件を示して、地裁判決の認定の杜撰さを批判しました。裏付け取材のない記事に真実相当性を認めることはできない、これは判例の基本です。しかし、札幌高裁は札幌地裁と同様の認定をしました。

この判決文の18ページにこんな言葉が出ています。「本件においては、推論の基礎となる資料が十分あると評価できるから、事実確認のため、控訴人植村本人に対する取材を経なければ、相当性が認められないとはいえない」。たった3行ではありますが、これはきわめて恐ろしい判決です。つまり、これでは、本人に取材しないで「捏造」などと断定することが自由になる、ということです。

本人に取材しない、取材しようとする努力をしない、にもかかわらず、そして杜撰な資料だけでそう断定して、それを裁判所が推論の基礎となる十分な資料があると評価できる、といったら、何でも言えてしまいます。

これは非常に恐ろしい判決です。このような認定では、取材もせずにウソの報道ができるようになります。司法がフェイクニュース、しかも捏造というフェイクニュースを野放しにすることができる。

札幌地裁では元道新記者の喜多義憲さんが証人になってくれました。喜多さんは1991年8月、私の記事が出た3日後に金学順さん本人に単独取材して、私と同じように挺身隊という言葉を使って、私とほぼ同じ内容の記事を書きました。喜多さんは、櫻井氏が私だけが捏造したと決めつけた言説について「言いがかり」という認識を示し、こう証言しました。「植村さんとぼくはほとんど同じ時期に同じような記事を書いて、片方は捏造だと批判され、私の方は、捏造と批判するような人からみれば不問に付されているような気持ち、そういう状況を見ればですね、やはり、違うよ、と言うのが人間でありジャーナリストであるという気が、思いが強くいたしました」という言葉です。

私は地裁の審理の中で、この他社、ライバル社の、取材協力もしたことがなく、当時私の記事を読んだことすらなかった喜多さんが、こういう証言をした時に、私はジャーナリストとして、真実を書いたんだ、間違っていなかった、捏造していない、ということが証明されたと思いました。少なくともジャーナリズムの世界では証明されたことになると思います。しかし、この高等裁判所では、地裁唯一の証人である証言が全く言及されていない、その点でも私は、この判決は不当判決だと思います。

 

札幌高裁判決 櫻井よしこ氏免責は政権「忖度」か

 

解説 佐藤和雄(ジャーナリスト)

元『朝日新聞』記者の植村隆氏(韓国カトリック大学校客員教授、『週刊金曜日』発行人)が、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏と櫻井氏のコラムを掲載した出版社3社を訴えた札幌訴訟の控訴審判決が2月6日にあった。札幌高裁(冨田一彦裁判長)は、櫻井氏が植村氏の記事を「捏造」と表現する際に、植村氏本人に取材して事実関係を確認する必要はなかったとの判断を示し、植村氏の請求を棄却した。これまでの最高裁の判例から大きく外れる異例の判断だ。櫻井氏のやりかたが司法で追認されれば、当事者に確認しないままのフェイクニュースが社会に氾濫するのではないか。

植村氏は1991年、韓国人元「慰安婦」の金学順さんの証言を取材。記事は同年8月と12月、『朝日新聞』に掲載された。この記事に対し櫻井氏は2014年に月刊誌『WiLL』4月号で「植村記者が真実を隠して捏造記事を報じた」と指摘。『週刊新潮』『週刊ダイヤモンド』誌上でも植村氏の記事を「捏造」と断定する論文やコラムを書いた。

名誉毀損訴訟では、記事などによって誰かの名誉を傷つけたとしても、記事の重要な部分の事実関係が「真実」という証明ができたり、「真実と信じる」に相当の理由があったりすれば、免責される。

一審の札幌地裁では、櫻井氏の論文などが植村氏の社会的評価を「低下させた」と認めた。その一方、櫻井氏が他の新聞記事や論文などから、植村氏が〈金学順さんが人身売買されて慰安婦となったと知りながら、女子挺身隊と結びつけた〉という捏造記事を書いた、と信じたことには「相当の理由がある」などと結論づけた。

このため控訴審で最大の争点となったのは、櫻井氏が植村氏が捏造記事を書いたのが真実と信じたのに相当の理由があったかどうかだった。これまでの最高裁の判例では「確実な資料や根拠に基づき真実だと信じることが必要」とされてきたからだ。

植村氏が捏造記事を書いたと信じるのであれば、事実関係の確認など本人へ取材を申し込むのが、ジャーナリズムの世界ではある意味「ルール」のようなものだ。

しかし、今回の判決は、金学順さんの記者会見を報じた韓国紙『ハンギョレ』、訴状、月刊誌の記事の3点だけで十分であり、「改めて取材や調査をすべきであったとはいえない」との判断を示した。さらに「推論の基礎となる資料が十分あると評価できるから、事実確認のため、本人への取材を経なければ(真実)相当性がみとめられないとはいえない」と述べた。

植村氏は記者会見で「取材もしないで、嘘の報道ができることになる。フェイクニュースを野放しにすることになる」と指摘した。

判決文の中で異様さが目立つのは、1991年8月の植村氏の記事についてのくだりだ。「日本の戦争責任に関わる報道として価値が高い反面、単なる慰安婦が名乗りでたにすぎないというのではあれば、報道価値が半減する」

だから櫻井氏が、「植村氏が女子挺身隊と慰安婦を関連づけた」と信じたことには相当性がある、というのだ。

「単なる慰安婦」とはなんだろうか。経緯は様々だろうが、多くの女性たちが自分の意思に反して「慰安婦」にさせられ、尊厳を踏みにじられた。もはやこれは世界の常識である。そうした犠牲者に対し、「単なる慰安婦」と呼ぶ感覚は、司法への信頼を大きく損なうだろう。

『朝日新聞』の「首相動静」で調べると櫻井氏は頻繁に安倍晋三首相にインタビューや会食をしている。例えば1月17日、日本料理店「下関春帆楼 東京店」で葛西敬之JR東海名誉会長らとともに。

首相とこれほど近い櫻井氏である。札幌高裁の冨田裁判長は、トラの尾を踏むことを恐れたのだろうか。「忖度」はあったのか。

「政権への忖度はあった」と書く場合には、ご本人への取材申し込みは必須だと思うが、この判決文を読むと「しなくてもいいよ」と言われているような気がする。

=週刊金曜日2020年2月14日号

 

札幌高裁判決  地面まで下がった判例法理のハードル

  

解説 小野寺信勝(札幌訴訟弁護団事務局長)

2月6日、札幌高裁は、植村氏が櫻井よしこ氏及び出版社を訴えた名誉毀損訴訟について、植村氏の控訴を棄却した。札幌地裁に続き、またしても不当判決である。札幌地裁判決と同様に、櫻井氏が植村氏の慰安婦記事が「捏造」と信じたとしてもやむを得ないことが理由であった。

裏付け取材が必要
今回の判決は、従来の判例法理を逸脱する点で不当なものであるが、その前に、名誉毀損訴訟の判断枠組に触れておきたい。名誉毀損裁判は、(1)ある表現が対象者の社会的評価を低下させた場合には、(2)その表現者はその表現が真実であるか、真実と信じたとしてもやむを得ない場合に免責される(前者を「真実性」、後者を「真実相当性」という。また、ほかに公共性、公益目的性も要件となるがここでは割愛する)という2段階の枠組で判断される。地裁判決は櫻井氏が植村氏の社会的評価を低下させたことは認定しており、主な争点は櫻井氏が植村氏の記事を「捏造」だと信じてもやむを得ない場合にあたるか否かであった(なお、地裁判決は植村氏の記事が「捏造」であることの真実性は認定していない)。

ところで、真実相当性といっても単なる憶測や風評を信じたとしても免責されることはない。判例は「相当の理由が肯定されるためには、詳細な裏付け取材を要する」とし、客観的に信頼できる資料や根拠に基づき、合理的な注意を尽くして調査検討した結果として、信じた場合にはじめて免責されるとしている。判例がこれほど高いハードルを設定しているのは、真実相当性は表現者に「過失」がないことを理由に免責させるという位置付けだからである。交通事故を例にとると、運転手に過失がない場合にはじめて賠償責任を負わないのと同じ理屈である(名誉毀損も交通事故も民法の不法行為に基づく請求であり、根拠条文は同じである)。

それでは、今回の判決について、主として取材の有無という点から問題点を指摘したい。

強制連行を矮小化
櫻井氏は、金学順氏は人身売買により慰安婦になったにも関わらず、植村氏は女子挺身勤労令に基づく女子挺身隊と慰安婦を関連付けることにより、金学順氏を強制連行の被害者であるという「捏造」記事を書いたと主張していた。ところが、櫻井氏は植村氏の記事を「捏造」といいながら、本人に取材はおろか申込みさえしたことがなかった。従来の判例法理に照らせば、本人への取材なしに真実相当性を認めることは困難である。

ところが、今回の判決は「推論の基礎となっている資料が十分ある」として植村氏本人への取材は不要であると判断した。ここでいう「推論の基礎となっている資料」とは、1991年8月15日付ハンギョレ新聞、同年12月6日に金学順氏が日本政府に戦後補償を求めた訴状、「月刊宝石」1992年2月号に掲載された臼杵敬子氏の論文「もう一つの太平洋戦争」である。しかしながら、前記資料には金学順氏が人身売買により慰安婦になった記載はないばかりか「養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです」(前記臼杵論文)など、日本軍による武力により慰安婦にさせられた経緯が詳細に記載されているのである。つまり、櫻井氏が依って立つ資料によっても金学順氏は強制連行の被害者と読むほうが自然である。ところが、判決は「日本軍が金学順氏をその居住地から連行して慰安婦にしたという意味で、日本軍が強制的に金学順氏を慰安婦にしたのではな」いと、強制連行をわざわざ矮小化し、櫻井氏の資料の曲解を追認した。

また、植村氏が「『女子挺身隊の名で』戦場に連行」という記述について、朝日新聞は「吉田供述を繰り返し掲載し」「朝鮮人女性を女子挺身隊として強制的に徴用していたと報じていた」のであるから「その一人がやっと具体的に名乗り出たというのであれば」「日本の戦争責任に関わる報道として価値が高い反面、単なる慰安婦が名乗り出たにすぎないというのであれば、報道価値が半減する」という認識に立って植村氏の記事を読めば、植村氏が女子挺身勤労令にいう女子挺身隊と慰安婦を関連づけて報じたと信じたとしてもやむを得ないと判断した。

曲解された資料
判決はこのように植村氏の「捏造」を推論する基礎資料があるのであるから、本人への取材は不要であると判断したのである。前述したとおり、原判決が「推論の基礎となっている資料」はいずれも櫻井氏に曲解されたものであるが、この点を措くとしても植村氏の記事が「誤報」というならば資料のみで判断できるかもしれないが、「捏造」となると「敢えて嘘を書いた」かという本人の主観的事情が問題となる。本人への取材は必要不可欠であるが、原判決は取材不要と判断してしまった。

また、この裁判では、櫻井氏の慰安婦問題に対する認識の変化も問題となった。櫻井氏自身は、90年代前半まで慰安婦を日本軍による強制連行の被害者という認識を示していたが、1996年頃に慰安婦は強制連行ではなく公娼と認識を改め、以後、積極的に強制連行否定論を展開していった。そして、慰安婦問題と同様に植村氏の記事についても、1996年から「誤報」という表現を用いて非難を始め、2014年に「捏造」と表現をエスカレートさせた。

このように櫻井氏自身が慰安婦の強制連行性、植村氏の記事の評価を改めながら、その認識を改めるに至った新たな資料や知見を示すことはなかった。「誤報」から「捏造」に至る合理的根拠や証拠がない以上、櫻井氏は取材を尽くしていないことは明らかであるが、判決はこの点を一切判断することはなかった。
本判決は「詳細な裏付け取材を要する」とした判例法理のハードルを地面まで下げることによって櫻井氏を免責した。裁判所がどのような事情に配慮してこのような異常な判断をしたかはわからないが、この判断は到底受け入れることができない。弁護団は、植村氏の名誉回復のため最後まで闘う。

=「週刊金曜日」2020年2月21日号 

 

札幌高裁判決 裁判官の人権感覚を疑う

 

解説 水野孝昭(神田外語大教授)

札幌控訴審の今回の判決は、「強制連行」や「慰安婦」の定義を捻じ曲げているうえ、櫻井氏のずさんな「取材」を不問にするため強引な理屈で「真実相当性」を認めています。判決文には「慰安婦」にされた女性への蔑視をあらわにしたような表現もあって裁判官の人権感覚も疑われるほどです。以下、判決文に沿って検討します。

櫻井コラムは「事実の摘示ではない」?

判決は、「義母の訴訟を支援する目的と言われても弁明できない」、「意図的な虚偽報道だと言われても仕方がない」と書いていた櫻井氏のコラムの記述を「事実と断定しているのではなく、論評である」と判断しています。(判決文p10~12)

しかし、こうした櫻井コラムの読者が、植村さんは「義母の訴訟を支援する目的」で「意図的な虚偽報道」をした、と思い込まされたからこそ「植村バッシング」は始まったのではないでしょうか。櫻井コラムの内容が「事実ではない」と読者が思っていたというなら、なぜ植村さんやその家族、北星学園大学に「殺す」「爆破する」という脅迫が殺到したのでしょうか。櫻井氏も単なる論評としてではなく「事実のつもり」で書いたからこそ「植村氏に教壇に立つ資格はない」とまで攻撃したのではないでしょうか。

櫻井氏の論拠は①ハンギョレ新聞記事、②金学順さんの訴状、③月刊『宝石』の臼杵敬子論文の3点でした。しかし①のハンギョレ新聞の元記者と③の臼杵敬子さんはともに「慰安婦の被害を伝えようとしたのに、櫻井氏は内容を曲解して逆に使われた」と陳述書で批判しています。②の金学順さんの訴状には、そもそも櫻井氏が書いたような記述がなかったことが訴訟で明らかになって訂正に追い込まれています(産経新聞と雑誌WiLL)。

判決はこうした経緯にいっさい触れることなく、櫻井氏が書いた内容が真実ではなくても真実と信じたことに相当の事情があったという「真実相当性」を認めています(p13~18)。

判決は金学順さんの供述について、こう総括しています。

「植村は、金学順氏が日本軍人により強制的に慰安婦にされたと読み取るのが自然であると主張する。しかし、上記の各資料は、金学順氏の述べる出来事が一致しておらず、脚色・誇張が介在している事が疑われる」(p14)

1991年8月に韓国で初めて「慰安婦」として名乗り出た金学順さんは、殺到する取材陣に翻弄されながら半世紀以上も前の辛い体験を思い起こしていたのです。記憶違いもあれば、言いよどんだ部分もあるでしょう。ようやく口を開いた被害者の語りに対して、この裁判官はまず「脚色・誇張が介在している」と疑っているのです。「名乗り出た性犯罪の被害者へのセカンドレイプ」は、最近も伊藤詩織さん事件などで問題になっています。これが2020年の日本の裁判所の人権感覚なのでしょうか。

「日本軍人の強制」は「消極的事実」?

判決は、金学順さんが「慰安婦」にされた経緯について以下のように認定しています。

「検番の義父あるいは養父に連れられ、真の事情を説明されないまま、平壌から中国又は満州の日本軍人あるいは中国人のところへ行き、着いたときには日本軍人の慰安婦にならざるを得ない立場に立たされていた」

「日本軍人による強制の要素は、金学順氏を慰安婦にしようとしていた義父あるいは養父から金学順氏を奪ったという点にとどまっている。」

「日本軍が金学順氏をその居住地から連行して慰安婦にしたという意味で、日本軍が強制的に金学順氏を慰安婦にしたのではなく、金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと読み取ることが可能である」(p14) 

だから、櫻井氏が「上記の通り信じたことについては、相当性が認められる」としているのです。

金学順さんが一貫して述べていたのは、「私は日本軍に武力で奪われた」という点です。養父あるは義父に連れられて中国に行ったにしても、「慰安婦にならざるを得なくなった」のは「日本軍人に武力で奪われた」からなのです。そうでなければ金学順さんは名乗り出ることもなかったし、日本政府を相手取って訴訟を起こすはずもなかったでしょう。

驚いたことに、判決は「日本軍人が金学順さんを奪った」と認めています。

この点は櫻井氏が決して認めてこなかった点です。

「日本軍人が金学順さんを武力で奪った」という事実は、①のハンギョレ新聞、②の訴状、③の臼杵論文とも明記されています。しかし、櫻井氏は「慰安婦は人身売買の犠牲者」と繰り返すだけで「日本軍人が金学順さんを奪った」という点は認めてこなかったのです。①②③を論拠にしながら、「日本軍の関与」に関する記述はいっさい無視していたのが櫻井氏だったのです。

「日本軍人が金学順さんを奪った」と認定するならば、金学順さんが語っていた通りに記事を書いた植村さんの訴えが認められるはずです。それなのに、どうして結論が逆になっているのでしょうか? 

金学順さんが「日本軍人に奪われた」という事実と「日本軍人に強制的に慰安婦にさせられた」こととを切り離すため、判決は奇妙な三段論法を持ち出します。

①「義父あるいは養父」は金学順さんを最初から慰安婦にするつもりだった

②だから、金学順さんは中国に着いた時点で「慰安婦にならざるを得ない立場だった」

③だから、日本軍人が金学順さんを奪っても「消極的事実」であって「核となる事実」ではない。

つまり、どのみち「慰安婦」にされる立場の女性だったのだから「日本軍人に奪われた」ことは記事の中核にすべき価値はない、という見解です。義父または養父が「最初から金学順さんを慰安婦にするつもりだった」のだから、日本軍が軍刀で脅して連行しようが、密室にカギをかけて監禁してレイプしようが、それは「核となる事実」ではない、と判決は断言しているのです。

この三段論法には、安倍政権が進めてきた「慰安婦は強制連行ではない」という歴史の書き換え、櫻井氏や西岡力氏の「慰安婦=人身売買の被害者説」のトリックが凝縮されています。

まず、「強制連行」の定義を、安倍首相の国会答弁にならって「その居住地から連行して慰安婦にすること」と非常に狭く限定します。そして、日本軍が金学順さんを「奪って」いることは認めても、先に強引に狭く限定した定義をひいて「日本軍による強制連行ではない」と決めつけているのです。

「消極的」と言おうが、「居住地」であろうが戦地であろうが、泣き叫ぶ少女を無理やり「奪って」、軍のトラックに載せて監禁してレイプしていたのは日本軍人だった、と判決は認定していることになります。これは普通の言葉で「強制連行」であり、普通の裁判では「監禁罪」や「レイプ」という犯罪ではないでしょうか。

養父が「最初から慰安婦にしようとしていた」という点も、それを裏付ける記事も資料も存在していないのです。櫻井氏もそうした証拠を提出していません。金学順さんに歌や踊りなどの芸妓(キーセン)としての教育を受けさせたことは確かです。しかし、「慰安婦にしようとしていた」と断定する根拠はどこにあるのでしょうか。当時の芸妓(キーセン)は誇り高い花形職業だった、と金学順さんは繰り返し言っています。この判決は「芸妓(キーセン)=売春婦」という間違った思い込み、偏見に基づいているのです。 

「単なる慰安婦」は報道価値が半減?

「慰安婦」問題の報道価値についても、判決は驚くべき判断を下しています。

植村記事に先立って朝日新聞が「吉田証言」を掲載していたことを指摘して、「その一人がやっと具体的に名乗り出たというのであれば日本の戦争責任に関わる報道として価値が高い反面、単なる慰安婦が名乗り出たにすぎないというのであれば、報道価値が半減する」と断言します。

「単なる慰安婦」とは、どういう人を指すのでしょうか? 「日本の戦争責任と関わる報道」でない「単なる慰安婦」報道とは、どんな記事でしょうか? 日本人であれ、韓国人であれ、オランダ人であれ、慰安婦とは、軍隊によって組織的に監禁、監視されてレイプされ続けた被害者のことです。

判決は、「単なる慰安婦」と「女子挺身隊の名のもとに戦場に連行された慰安婦」との報道価値を区別して、植村記事がその報道価値を誇張するために「女子挺身隊の名のもとに」という前書きを使ったかのように書いています。

しかし、どんな呼び方であれ、どの国籍であれ、声を上げる被害者がいれば、それを記事にするのがジャーナリズムです。それを91年8月に実践したのが植村記事でした。

それとは対照的に、櫻井よしこ氏は、慰安婦の方の話を一人として聞かず、植村さん含めて当事者への取材を一切していないのです。それは「慰安婦」にされた人たちの実態を伝えることが「ジャーナリスト」櫻井氏の目的ではなかったからでしょう。日本政府や日本人が「被害者」であることを強調して戦争被害者に対する責任逃れを正当化するために、植村記事を「ねつ造」と言い張ってきたのです。その稚拙でずさんな手口が次々に明らかにされてきたのが植村訴訟の法廷です。 

 

=ブログ「植村裁判を支える市民の会」所載