本人尋問を終えた後、記者会見に臨む櫻井氏(2018年3月23日)

 

 

 

  

誤りだらけの「捏造」決めつけ■尋問ドキュメント 

櫻井よしこ尋問 

  

自ら認めた!杜撰な取材と事実の歪曲

櫻井氏の本人尋問は第11回口頭弁論(札幌地裁2018年3月23日)で行われた。

櫻井氏は主尋問で、代理人林いづみ弁護士の質問に答え、慰安婦問題に関心を持つようになったきっかけと基本的な考え、これまでに行った取材や研究の内容を語った。自身の著述や発言に誤りがあるとの指摘についても釈明した。さらに朝日新聞の慰安婦報道については「海外での日本の評価を傷つけた」と語り、植村氏の記事についても「意図的な虚偽報道だ」とのこれまでの主張を繰り返した。林弁護士の尋問は45分で終わり、続いて植村側の川上有弁護士による反対尋問に移った。

 

以下は、裁判所作成の「本人調書」をもとに再現した(《 》は編注)。  ※本人調書原文 PDF


   

《川上弁護士は、櫻井が「金学順さんは人身売買で慰安婦にさせられた」と断定していることに、冒頭から一気に切り込んだ。頻繁に出てくる「先ほど」は、主尋問でのやり取りを指している》

 

川上有弁護士(以下、川上と略) まず、論文アとこちらで表示しているWiLLの2014年4月号、甲7号証、この記事についてお尋ねしたいと思います。(甲第7号証を示す)41ページ中段、右から1行目ないし5行目を示します。これ、先ほど、御紹介し掛かったところで記載されてるところちょっと読み上げますね。「植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結びつけて報じた。」、このように記載されてますね。

櫻井 はい。

川上 そのあなたの認識としては、金学順さんが継父によって人身売買されたという経緯がとても重要なんだ、こういう御認識でいらっしゃるんですね。

櫻井 いえ、そうではなくて、先ほど来申し上げておりますように、植村さんが書いたことは金学順さん、その当時は名前は明らかにしていませんけれども、明らかに金学順さんが、女子挺身隊の名で戦場に連行され日本軍人相手に売春行為を強いられたと書いた、これは個別のことですよね、経歴ですよね。このことを彼が書いた、そのことが問題である。別に売春が問題だとかそういった今の川上さんのおっしゃることではありません。

川上 ちょっと不思議なんですよね。私、あなたが書かれたとおりに読んだつもりだったんですが、あなたの文章では、植村氏は、彼女、金学順さんですけれども、金学順さんが継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかったというふうに記載されてるもんですから、彼女、金学順さんが継父に人身売買されたというのは重要な点だと認識されてるんですねとお尋ねしたんですが。

櫻井 植村さんは、女子挺身隊の名で戦場に連行されたということを書くことによって、この、そこに当然当時の状況で関わっていたかもしれないこの商行為のことを省いているわけですね。女子挺身隊の名で戦場に連行されて日本軍人相手に売春を強いられたと書いた、そのことを私は問題にしてるんです。

川上 ただ、今御紹介した文章では、彼女が継父によって人身売買されたというのが重要な点なんだと、それを報じなかったんだと書いてあることは間違いありませんね。櫻井さんが、その背景にいろんな思いを持っていたことは恐らく間違いないんだろうと思いますが、文章としてはそう表現されている、これは間違いないんでしょう。

櫻井 私はそのように考えておりません。

川上 では、言い方を変えると、植村さんが金学順さんが継父によって人身売買されたという点を報じなかったことは、重要な点を報じなかったわけではない、こういうふうに理解してよろしいですか。

櫻井 私が申し上げているのは、金学順さんが女子挺身隊の名で戦場に連行されて、日本軍の性の慰み物にされたということを書いたその記事のことを私は問題にしてるのであって、そのこと以外の何ものでもありません。

 

《櫻井は言を左右にして「人身売買」説に深入りされることを避け続ける。川上は、櫻井が「人身売買」説の根拠としてきた「訴状」の記述について追及を始めた

 

川上 私にはちょっと理解できませんが、続けて質問したいというふうに思います。少なくともこの文章を読むと、その重要な点だとして示されているのが、その前段階に書いてあるところなので、甲7の41ページ、上段左から6行目を示します。(甲第7号証を示す)「訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎮という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている。」、このように書かれてることは間違いないんですね。

櫻井 はい、そのように書いています。

川上 これが、先ほどの御説明では、いろんなことが頭の中で知識としてあったので、どこかで勘違いが起きたのではないか、趣旨としてはそういう意味でお話しになられたという理解でよろしいでしょうか。

櫻井 川上さん、ごめんなさい。この私の書いた文章を先ほどお示しいただいて、すぐに目の前から持っていかれたものですから、全部その文章そのものを私が、私もいろんなものを書いておりますので、全体にどの文章で何を書いたかということを、―つ一つの文章の中で思い出すことができませんでしたけれども、今これを読んでみますと、あなたの御質問に対する答えをもう一回申し上げますと、彼女が、ごめんなさい、「人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結びつけて報じた。」と書いてありますね。ここがすごく問題なんです。先ほど申し上げましたように吉田清治という人がいて、女子挺身隊の名で日本は、女子挺身隊というものは勤労奉仕の若い女性たちのことであったにもかかわらず、韓国でも本当はそうだったんですよ、にもかかわらず、吉田清治という本当にうそつきの人が本を書いたり講演をしたりして、女子挺身隊と慰安婦を混同するようにしたわけですね。それによって、この後出てくるかもしれませんけれども、韓国における女子挺身隊の定義そのものが変わっていくんですよ。で、そのような女子挺身隊と慰安婦は本当は何の関係もないんだけれどもそれを結び付けた、具体的に金学順さんという人がいたんだということで加害者と被害者がぴったり合わさって、これは今まで虚構じゃないかと思われていたことが、ああ、日本って本当にこんなことをしてたんだ、女子挺身隊の名で連れていったんだというふうな構造を作るのに植村さんが貢献してしまったということで私は非難をしてるんで、ですから、私の批判の論点はここにあります。

 

《質問をはぐらかし、長広舌をふるおうとする櫻井に注意するように、川上は裁判長に求めた》

 

川上 裁判長、被告本人に対して裁判所でのルール、聞かれたことに答えるようにということについて…。

岡山忠広裁判長(以下、裁判長と略) なるべく短くするようにしてください。

櫻井 すみません。

川上 先ほど、「訴状には、」というふうに書いてある部分、こういう記載をしてしまったのはいろんなことが頭の中で知識としてあったものだから出典を誤ったんだと思いますというお話でしたね。

櫻井 はい。

川上 で、もう一度ここで確認したいんですが、訴状には継父によってという記載がない、これは間違いないですね。

櫻井 はい。

川上 40円でという言葉も訴状には出てないことも間違いありませんね。

櫻井 はい。

川上 売られたという単語も入ってませんね。

櫻井 はい。

川上 あるいは、訴状には、継父に慰安婦にさせられたとの記載もありませんね。

櫻井 はい。

川上 訴状には、継父によって人身売買されたとの記載もありませんね。

櫻井 はい。

 

《「訴状には40円で売られた」との記述はない、と畳みかける川上の質問を遮るように、被告代理人が異議を発する》

 

林いづみ弁護士(以下、林) 異議です。訴状にはとおっしゃるときに、示していただけませんか。

川上 分からないならば示します。記憶におありだからお答えになってるんじゃないですか。

裁判長 ということでよろしいんじゃないでしょうか。記憶がなければ記憶がないでいいですからね。迎合してはいと言うことはないですから。

川上 私、被告櫻井さんが迎合するような方ではないというふうに知っております。

櫻井 正確を期するために、訴状もその度見せていただいたほうがよろしいかもしれません。

川上 はい、その都度おっしゃってくだざい。整理すると、この論文ア、甲7号証の論文ですが、その論文を書くときに訴状を横に並べて書いたわけじゃないんだ、こういうことですわね。

櫻井 横に並べて書いたわけではありません。

川上 先ほど、いつ、この訴状というものを入手したのかというと、1996年頃だったと思いますというお話をされましたが、この論文を書くに当たって、最も直近で実際に訴状を御覧になったのはいつ頃だったですか。

 この論文は、どっちの論文をおっしゃてるんでしょうか。

川上 先ほどからずっと一貫して甲7号証の論文のことしか、私、聞いておりませんので、どちらかというふうに言われてもちょっと困るんですけれども、甲7号証でよろしいですか。

 甲7号証で結構です。

川上 甲7号証の論文を書く前、いつ頃御覧になりましたか。

櫻井  …この論文を書く少し前には見たはずです。見ました。けれども。見方が足りなかったと思います。

川上 少し前に御覧になったんだ。

櫻井 はい。

川上 少し前に御覧になったときに、その訴状に40円という記載がないことは気が付かなかったということですかね。

櫻井 私は、書斎の1つのコーナー全部朝鮮問題です…。

川上 私の質間に端的に答えていただければ結構なんですけれども、40円という記載がないことに気が付かなかったということですか。

櫻井 40円の記載はほかにもあったのと混同したということです。

川上 でも、そのときによく読めば分かったはずですね。

櫻井 そうですね。

川上 正に、あなたの文章では重要だと書かれている部分についての論述部分なんだから、もう少し丁寧に見るべきだったんだ、先ほどのあなたの御発言は、そういう趣旨で理解してよろしいですか。

櫻井 40円ということは、訴状に書かれていませんけれども事実であります。本質的な意味では間違いでないと私は考えています。

 

《櫻井が訴状に書かれていないことを強調して「人身売買」説を広げたのは、「WiLL」誌上だけではない。川上は証拠を提示して追及を続ける。櫻井側は異議を連発するが、裁判長は審理の冒頭に手続きを踏んでいるとして取り合わない。傍聴席には緊張感が高まっていく》

 

川上 訴状に40円と書いていなかったことは、間違いですね。

櫻井 訴状にはありませんでしたけれども、40円で売られたという事実は間違いではありませんので、本質的には間違いではないと考えております。

川上 何が本質かというところについて、私ここで議論するつもりがないので質問を先に進めます。この40円で売られたということを訴状で書いてるんだという御趣旨の論述を、櫻井さんはほかでもしておられますね。

櫻井 ほかというのはどこですか。

川上 記憶がなければ順次聞いていきますけれども、そういう御記憶はありませんか。

櫻井  …指摘してくださったほうが答えやすいと思います。(後出の甲第110号証を示す)《後出とは、指定日以降に裁判所に提出された証拠であることを示す》 産経新聞の2014年3月3日朝刊1面を示します。

 今日認められたものですか。

川上 そうです。

裁判長 だから、弾劾の趣旨で出されるということだと思いますので、どうぞ。

川上 1面の左側のほうにあると思うんですが、6段目、一番下の段の3行目を御覧ください。「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている。」、このように書いてありますね。

櫻井 はい、そう書いてあります。

川上 ここでも、訴状でこう書いてあるという意味では間違いですね。

櫻井 間違いですから、これは改めますと先ほど申し上げました。

川上 (後出の甲第111号証を示す)月刊正論、3枚目左ページ。

 それも直近に出されて、今日、示すことが認められたものですか。

裁判長 弾劾の趣旨だと思いますので、どうぞ。

川上 3段目。

野中信敬弁護士(被告ワック代理人、以下、野中と) 111もオーケーでしたか。

裁判長 111は弾劾の趣旨として出すということであれば認めますというふうに述べております。

 示すこともお認めになったんでしょうか。

裁判長 そうです。

川上 当然でしょう。3段目、読んでいきますと、「十四歳の時にキーセシ学校に親から四十円で売られた」、少し空いて、「そのことを訴状にも書いていました」、このように書かれてますね。

櫻井  …はい。

川上 それから、BSフジのプライムニュース、2014年8月5日放送、その部分の中でやはりその40円という記載の部分がありませんでしょうか。記憶はございませんか。

櫻井 ……お示しいただけますか。

川上 (後出の甲第112号証の2を示す)3枚目、8分41秒の欄を御覧ください。ここでは、「この方は後に日本政府を相手取って裁判を起こして、裁判でも、自分が売られた」「と書いてある」、このような記載がありますね。

櫻井 はい。

川上 これは、先ほどのあなたの説明では、事実と間違いはないんだということになるんですか、それとも、事実と異なることが述べられてるということになるんですか。

櫻井 ここも、私が40円で売られたということが訴状に書かれていたというふうに混乱していたことのもう一つの形だと思います。

川上 櫻井さんは、この最初に示した甲7号、WiLLの記事ですけれども、この記事を書いたときに十分に訴状を確認しなかった、だけでなくて、今お話ししたこの産経新聞の記事を書くときにも、月刊正論を書くときにも、そしてフジのプライムニュースでお話になるときもこの訴状を確認していない、このように理解してよろしいですか。

櫻井 十分に確認していなかったと思います。

川上 その都度、確認するのは難しい話ではありませんでしたね。

櫻井 …難しいということはどういうことでしょうか。

川上 そこから訴状を取り寄せるとか、そういう作業はいらなくて、櫻井さんの手元にあった訴状を開けばそれで確認できた、そういう意味で容易だったですね。

櫻井 …容易といいますか、すべきことだったと思います。

川上 私は、容易だったかどうか、すごい倉庫が北海道にあるんだとか、そういうことだったらなかなかこれは見れないんじゃないかというふうに私も思うんだけれども、御自身のお手元にあったならば、それを確認するのは容易だったんじゃないでしょうかというふうにお聞きしているんですが。

櫻井 容易であるかどうかは別にして、すべきことであったと思います。

川上 もう一度お聞きします。確認するのは容易でしたか。

櫻井 すべきであったと思います。容易であるかどうかということは、その人によって事情が違うと思います。

川上 分かりました。本当は、櫻井さんは、訴状に40円で売られたと書いていないことを御存じだったんじゃないですか。

櫻井 いえ、もしそのようにはっきりと自覚をしていたら、そのようには私は言ったり書いたりはしません。

川上 櫻井さん、あなたは、訴状というものには原告に一番有利な事柄が記載されているのは、そういう認識をお持ちでしたね。

櫻井 はい。

川上 だとすると、この甲7号証の論文も、そういう有利なことを書くはずの訴状に継父に40円で売られた、継父に人身売買されたんだという内容の記載があると述べることによって、読んだ方に、間違いなくそういうことがあるんだと思わせようとしたのではありませんか。

櫻井 それは、そのように思って書いたり言ったりしたことではありません。

川上 間違いないですね。

櫻井 そのように思って、言ったり書いたりしたということはありません。

 

《櫻井は、重要な記述を確認作業もせずに行ってきたことを認めた。では、それは単純なミスなのか。「訴状」に書かれていないことを知っていて、読者にそう思わせようとしたのではないか。川上はそのような疑念をぶつけたが、櫻井は否定した》

 

川上 さて、先ほど、これはもう正すところは正すんだ、直すんだということをお話になられました。このことを知ったのは、すなわち、訴状に40円という記載がないということを知ったのはいつのことですか。

櫻井 この前のこの札幌で御指摘を頂きまして、そのときに初めてきちんと気が付きました。

川上 あなたは、正すところは速やかに正すんだというふうにおっしやいましたね。

櫻井 はい。

川上 あれから1年が経過しようとしていますが、いまだに正されておりませんね。

櫻井 (うなずく)

川上 でも、これから正される、こういうことですね。

櫻井 はい、そのようにいたします。

川上 正す方法なんですが、今、相手方のいることだから確約はできないにしても、正し方としてはWiLL誌上でということを考えておられますね。

櫻井 それは、WiLL誌上は考えております。ただし、ここにお示しになった産経もおありでしょうし、それは考えさせていただきたいと思います。私にとっても相手のあることですので。

川上 そうですね、相手があるから約束はできないけれども、WiLLに…。

櫻井 正すということはお約束したいと思います。

川上 それは月刊正論についても同様だというふうに考えてよろしいですか。

櫻井 はい。

川上 フジプライムニュースに関しても同様だというふうに考えてよろしいですか。

櫻井 放送の場合はどのようにしたらいいのか考えなければならないと思います。

 

《「WiLL」と産経新聞は、櫻井の発言を受けて、それぞれの誌紙面に訂正を掲載した。月刊「正論」、BSフジは、2018年10月末現在、訂正していない》

 

川上 続いて、先ほど、いろいろ記憶が、いろんな知識があったもんだから出典を誤ったんだという言い方をされましたね。

櫻井 はい。

川上 何に書かれていたかというと、臼杵さんの論文に書かれていたんだということが、1つ、お話になられましたね。

櫻井 はい。

川上 で、先ほど引用された部分で、間違いなく40円で売られたというふうに書かれてましたもんね。

櫻井 はい。

川上 この臼杵さんの論文の入手時期は、これが発行されたのが1992年の1月5日発売ということなもんですから、その頃というのが先ほどのお話で出てきたというふうに理解してますが、よろしいですか。その日じゃなくてもいいんですよ。

櫻井 先ほど、植村さんも時期を聞かれて覚えていませんということを連発しておられました。私は、この臼杵さんの論文についても、何年何月何日という記憶は正直ないんですけれども、比較的、その臼杵さんの雑誌が出てから、そんなに時がたってはいなかったという記憶があります。

川上 最後の一文だけで結構でございました。この臼杵さんの論文、臼杵さんはこの慰安婦に関して左寄りの考えを持っておられるというようなことをおっしゃいましたが、この経緯に関しては、書かれてることは間違いないんだと先ほど証言されましたね。

櫻井 そのように書いてるということを認識いたしました。

川上 だから、そこに書いてあることは正しいんだというふうに理解されたんですね

櫻井 そのように書いているのであるから事実であろうと認識をいたしました。

 

《櫻井の「40円で売られた」との記述は、臼杵敬子が月刊「宝石」1992年2月号に書いた記事から引用したもので、その出典を誤ったのだ、と櫻井は釈明する。しかし、「40円で売られた」との記述は、「月刊宝石」以外にはない。金学順の共同記者会見を報じた韓国紙にもない》

 

川上 この臼杵さんの論文以外に、40円で売られた、この40円という具体的な数字を入れた何か文献のようなものは、櫻井さん、ほかに御存じですか。ちょっと前提を言いますが、金学順さんが話したことを記載されているものということですけれども。又聞きとか、別な人の論文にこういうふうに書いてあったというような引用じゃなくて、金学順さんがそういうふうに40円で売られたという趣旨の発言をしている何か文献は御存じですか。

櫻井 金学順さんが、直接。

川上 そうです。

櫻井 その取材者に対してということですか。

川上 そうです。

櫻井 それは臼杵さんだけだったと思いますが…、だと思います。

川上 例えば、金学順さん、先ほどから話題に上がっている91年の8月14日の共同記者会見というのがありましたが、そごでは40円で売られたということは述べていないという理解でよろしいですね。

櫻井 はい。

川上 それは、最近そういうふうに知ったというわけじゃなくて、ずっと前からこの共同記者会見で40円とは述べていないということは知っていたんですね。

櫻井 …ずっと前からというのはいつからですかね。

川上 いやいや、どこかの時点で、見方が変わったならばそう言っていただければいいんだけれども、共同記者会見のことを知ってから以降、どこの時点でも結構ですが、40円というふうに述べているんだというふうに思った時期はございませんね。

櫻井 40円ということを述べているんだということは、臼杵さんに述べているわけですから、事実として私の知識の中にはずっとありました。

川上 それは十分理解しました。共同記者会見の中で40円と述べていないというのは、一貫して、あなたの認識でよろしいですか。

櫻井 記者会見の中で述べていないことは事実であります。

川上 あなたの陳述書では、ハンギョレ新聞などは確認したんですよということが書かれていますね。

川上  (乙イ第2号証を示す)ハンギョレ新聞の反訳文の2枚目を示したいと思います。裏側の、上段数行のところに経緯が書いてあるんですけれども、ここには40円の記載がないということでよろしいですね。

櫻井  ……はい、ここに書いてあるのはありません。

川上 (甲第59号証の2を示す)それから東亜日報、4段目、ここに従軍慰安婦になった経緯が記載されているんですけれども、ここにも売られたとか、40円という記載はございませんね。

櫻井  ……はい、ここにも売られたとは書いていません。

川上 (甲第60号証の2を示す)京郷新聞の反訳文、60号証の2の3段目を示します。ここにも、売られたとか40円という記載はありませんね。

櫻井 はい、ありません。あっ、ここ。

川上 ありましたか。

櫻井 いえいえ、ありません。売られたという記載はありません。

川上 (甲第61号証の2を示す)朝鮮日報の反訳文、甲61号証の2の3段目を示します。ここには、売られたという言葉は出てきますね。

櫻井 はい。

川上 ただ、40円という記載はありませんよね。

櫻井 はい。

川上 この1991年8月14日の共同記者会見を報じた4紙、このいずれにも40円という記載はない。で、櫻井さん自身も、この共同記者会見で40円という発言が金学順さんからなされたということはないという認識でおられたということでよろしいですね。

櫻井 今あなたが御指摘したとおりだと思います。

川上 では、2014年頃、幾つも論文を発表されてますが、この論文ア《「WiLL」2014年4月号》を記載された当時も、8月14日の共同記者会見では40円で売られたというふうに金さんが発言してないという認識でおられたということになりますね。

櫻井 記者会見ではそうですが。

川上 櫻井さんは、いろいろなところで文章を書かれているし、いろいろなところで発言されているので、一つ一つは御記憶ないかもしれないけれども、フジのプライムニュースで、金学順さんが8月14日の共同記者会見で40円で売られたんだと述べていますと、発言された記憶はありませんか。

櫻井 お示しください。

川上 (後出の甲第112号証の2を示す)反訳文3枚目。7分19秒の欄を示します。「91年の8月14日にですね、ソウルで記者会見したんです。私の名前は、きんがくじゅんです、というちゃんと実名を名乗って、しかも彼女は14歳で親に売られてキーセンに行きました、と。17歳でもう1回売られましたと。値段は40円でしたということを、ちゃんとこういってるわけですよね。」、あなたはこう発言したのではありませんか。

櫻井 このテープ起こしを見れば、そのように発言しておりました。

 

《この発言場面は、2018年10月末現在、ネット上にアップされたままである。この中で櫻井は薄笑いを浮かべながら、「こうしたことを知らないで四半世紀も放っといたんですか」とも語っている》

 

川上 あなたは、やしきたかじんのそこまで言って委員会2014年9月放送分の中で、やはり、共同記者会見で40円で売られた旨の発言をしていませんか《正しい番組名は「たかじんのそこまで言って委員会」》。

野中 異議があります。余りに関連性が明らかじゃないですのが。

裁判長 関連性はあると思いますので尋問を続けてください。

川上 やしきたかじんのそこまで言って委員会の9月放送分の中で、記者会見の中で40円で売られたという発言をした記憶はございませんか。

櫻井 私はそのことをはっきりと記憶はしていませんけれども、川上さんが先ほどからお示しになっているのを見ると、私がきっと言っているんでしょう。

川上 14歳のときに売られました、40円でした、という発言をしている可能性は否定しないということですね。

櫻井 お示しくだされば確認いたします。

川上 (後出の甲第113号証の2を示す)5枚目を示します。9分55秒の欄を示します。「8月14日にソウルで金学順さんが記者会見しているわけです、多くの記者の前で。」「私は家が貧しくて母親に14才の時に売られましたと。40円でしたと。」、そしてここで、「17才の時にまたキーセンの置屋のお父さんにまた売られましたと言っているんですね。」、こういう記載になっています。ここにこういう反訳文があるということは、我々の反訳がうそを書いていない限りは、こういう発言をしているのではないかということで理解してよろしいですか。

櫻井 はい、結構です。

川上 ということは、ここで述べたことは明らかな間違いだということになりますね。

櫻井 はい、40円に関しては、そのとおりです。

川上 しかも、あなたは、この2014年当時、共同記者会見の中で40円で売られたと金学順さんは話していないという認識を持っておられたと、先ほど認めておられましたね。

櫻井 その金学順さんが話していなかったということをどこまではっきり認識していたかということは、今になっては分かりません。どのくらいはっきり自分の頭の中で、彼女が記者会見でこのようなことを言ったのか言わなかったのかということを明確に区別していたのかは、ちょっとと今は分かりません。

川上 だから、明確にされていたら、それはうそだということになっちゃうものね。

櫻井 意図的にうそをつくということは私はいたしませんので、間違っていたら訂正しますけれども、私の頭の中で、彼女が40円で売られたということを臼杵さんに言った、そのことが非常に強い印象となって自分の頭の中にあって、訴状とも取り違えていたということだと思います。

川上 臼杵さんの論文がとても印象的だったので、訴状にも書いてあったような気がしていたし、共同記者会見でもしゃべったような気がしていたかもしれない、こういうお話でしょうか。

櫻井 はい。

川上 本当に訴状を確認したことはありますか。

櫻井 はい、あります。

川上 本当は、西岡さんなんかがそういうことを言っていたり書いたりしているから、訴状の原文を確認しないで、あなたはそう思い込んだのではありませんか。

櫻井 違います。

川上 読んだのに、間違えたんですね。

櫻井 はい、96年、97年当時に読みました。で、それを…。

川上 それで結構です。先ほどからもお話しになられていましたが、40円で売られたというふうに訴状には書いていないとしても、養父に売られたんだということは事実なんだ、このように何度もお話しになっておられますね。

櫻井 ……検番の主人のことを彼女も私たちも養父と言っているわけですが、この検番で育てた女性たちを、検番の養父は三日三晩掛けて中国に連れていって、日本軍の部隊の前で引き返しているわけですね。ここにある種の商行為があったのではないかと、常識に基づいて考えたところから、そのように言ったと思います。

 

《「訴状」を確認した、と櫻井は明言した。しかし、「養父にだまされて」という「人身売買」説の根拠となる記述も「訴状」にはない。川上の追及が核心に迫るにつれ、櫻井の声は細くなっていく》

 

川上 あなたの陳述書の中でも、訴状には、その後、養父にだまされて慰安婦とされた経緯が記載されていましたというふうに述べておられますね。御記憶ありますか。

櫻井 はい。

川上 2か所もあって、もう1か所でも、訴状には、その後、養父にだまされて慰安婦となった経緯が書かれているんだとなっているんですけども、現在の認識でも同じだということですね。

櫻井 はい。

川上 (乙イ第43号証の1を示す)訴状の50ページの末行を示します。この末行に、金学順さんのことですよという記載が、スタートがあって、その次のページの1行目から11行目に掛けて、この金学順さんの生い立ちやら慰安婦になった経緯などが記載されています。もちろん、櫻井さんも何度もお読みになっている文書なので当然お分かりと思います。この中で拾い読みをしてみます。1939年17歳の春、そこに行けば金もうけができると説得され、養父に連れられて中国に渡った、軍人しか乗っていない軍用列車に3日間乗せられた、鉄壁鎮というところに着いた、鉄壁鎮へは夜着いた、養父とはそこで別れた、部屋に入れられ鍵を掛けられた、そのとき初めて、しまったと思った。櫻井さんの中で、いや、ここを落とすのはおかしいよというところがあれば付け足しますが、全文読むのが迂遠だったものですから拾い読みしました。さて、訴状に、養父にだまされたとの記載はありますか。

櫻井 養父にだまされたという記載は、ここにはありません。

川上 同じように、養父にだまされて慰安婦とされたとの記載はありますか。

櫻井 直接的にそのような記載はありませんけれども、ここに書かれている文章の意味には、そのような、だまされたというのがあります。

川上 訴状に、だまされたという単語もありませんね。

櫻井 私が申し上げたのは、ここに書かれている文章の意味において、だまされたというニュアンスがありますという意味です。

川上 で、私の質問は、だまされたという単語はありませんねという質問なんですが。

櫻井 そのとおりです。

川上 「養父とはそこで別れた」という記載はあるんですが、別れた理由は直接的には記載されていませんね。

櫻井 はい。

川上 「『しまった』と思った。」という記載はありますが、なぜ、しまったと思ったのかという理由の記載はありませんね。

櫻井 彼女は直接的には書いていませんが、ここで推測することは十分可能だと思います。

 

《刑事事件を得意とする川上の尋問は、物腰は柔らかいが内容は厳しく、しかも緻密に組み立てられている。生徒を諭すような教師口調を交えつつ、川上はもうひとつの核心へと移っていく。「金学順さんは自身のことを挺身隊とは一度も言っていない」との櫻井の主張は真実なのか?》

 

川上 櫻井さんの御見解は分かりました。次に、論文オ、甲第11号のダイヤモンドの2014年10月18日号についてお尋ねします。尋問の迅速化を図るために、まず文書を示します。(甲第11号証を示す)3枚目の下段の15行目を示します。「植村氏が捏造ではないと言うのなら、証拠となるテープを出せばよい。そうでもしない限り、捏造だと言われても仕方がない。」と、このように書いていますね。

櫻井 はい、そうですね。

川上 なぜ、テープを出さない限り捏造だと言われても仕方がないかという、その理由について、4行目に記載があります。これは金学順さんがという意味ですが、「私の知る限り、一度も、自分は挺身隊だったとは語っていない。」、それから9行目に移りますが、「彼女は植村氏にだけ挺身隊だったと言ったのか。しかし、他の多くの場面で彼女は一度も挺身隊だと言っていないことから考えて、この可能性は非常に低い」、これが理由なんですね。

櫻井 ここは説明をさせてください。彼女が挺身隊だと言ったことがないというのは、女子挺身隊として戦場に連行されたという意味での、挺身隊ということであります。彼女は、女子挺身隊として戦場に連行されたとはほかにはどこでも言っていません。そういう意味です。

川上 ただ、この文章ではそういうふうには書かれていなくて、「自分は挺身隊だったとは語っていない。」というふうになっていますね。

櫻井 私の意味するところは、女子挺身隊として戦場に連行されたということを意味しております。

川上 棲井さんがどういう意味で書かれたかは別にして、文字としては、文章としては、私がお話もしたとおりですね。

櫻井 見解の相違です。

川上 見解が相違しているのは、はなから分かっておりました。今の御発言は、金学順さんはいろいろな場面でいろいろお話ししているけれども、その中では、挺身隊なんだと、自分は挺身隊なんだという限りでは発言しているんだ、こういうことはお認めになるということでよろしいですか。

櫻井 川上 挺身隊というのを、韓国で使われている、慰安婦という言葉の代わりとして挺身隊と言っていることはありますね。

川上 それを確認させてください。(乙イ第2号証を示す)先ほどから出ているハンギョレ新聞の反訳文なんですけれども、その反訳文の2枚目を示します。この中では挺身隊という言葉が使われていないと私も思うんですけれども、それは確認できていますか。

櫻井 これはハンギョレですね。

川上 そうです。で、自分は挺身隊だというふうには言っていませんね。

櫻井 はい。

川上 あなたは、このハンギョレ新聞の記事から、8月14日の共同記者会見では金さんが自分のことを挺身隊だとは言っていないんだ、そういう認識をお持ちではありませんか。

櫻井 いいえ。私がダイヤモンドで書いた、挺身隊と言っていないという根拠は、別にこれではありません。

川上 それでは、挺身隊だというふうに…。

櫻井 もう一回質問してください。

川上 このハンギョレ新聞の反訳文を御覧になっているというお話だったものですから、8月14日の共同記者会見では金学順さんは挺身隊だと言っていないんだという認識をお持ちなのではありませんか。

櫻井 はい、言っていませんね。失礼しました。

川上 そういう認識でいいんですか。要するに、8月14日の共同記者会見では金さんは自分のことを挺身隊だと言っていたと思っているのか、言っていないと思っているのか。櫻井さんの認識を、まず、お聞きします。

 今質問でおっしゃっている、挺身隊だと言っていたというのは、韓国語でチョンシンデと言ったかどうかという意味でしょうか。それとも、女子挺身隊という、日本の挺身隊として言ったという認識、どっちを聞いていらっしゃいますか。

裁判長 前提が明らかにならないという御主旨ですね。恐らく、韓国のチョンシンデという趣旨のことをお尋ねしているのではないかと私は思いますが。

川上 私は朝鮮の新聞にどう書かれているのかということを前提にしていますから、当然、そのような趣旨でございます。

櫻井 ここで非常にややこしいのは、韓国でチョンシンデ、日本語で挺身隊が、慰安婦の意味で使われていた。それは事実です。しかし、日本語にして、日本で私たちが論ずるときの挺身隊というのは全く別物ですね。私が、なぜ植村さんに責任があるとずっと言っているかというのは、挺身隊、女子挺身隊という言葉を使って、日本の挺身隊の制度そのものが、あたかも慰安婦の、これは吉田清治の言葉ですけれども、狩り出しと結び付けられてしまっているのではないか、その具体的事例として金学順さんを出してきたのではないかと、そこはおかしいでしょうということをずっと言っているわけですね。金学順さんやほかの人たちが、チョンシンデと、時に使って、慰安婦だったということを言っているのは、事実としてあります。

川上 もう一度質問をしますのでお答えいただきたいんだけれども、8月14日の共同記者会見で、金学順さんは、韓国におけるチョンシンデという発言を自らについてしたという認識ですか、していないという認識ですか。

櫻井 ここではしていませんね。

川上 していないですね。

櫻井 はい。

川上 チョンシンデと言っていない、それが櫻井さんの認識ですね。

櫻井 今改めて認識を強くいたしました。

川上 今強くされても困るので、その当時、当時というのはこの論文を書いた頃、どういう認識でしたかというふうに聞いているんですが。

櫻井 韓国の様々な新聞で彼女がどういう報道のされ方をしていたかということは、今いろいろな新聞をお示しになりましたけれども、全部クリアに頭の中に分けて入っているわけではありませんね。韓国では彼女は、時にチョンシンデという言葉を使っていたし、記者会見で言わなかったかもしれないし、でも、ほかで使っていたかもしれないというふうに、金学順さんのおっしゃることが時と場所によって多少変わってきていることも確かであります。

川上 ですから、私の質問にはイエスなんでしょうか、ノーなんでしょうか。共同記者会見では彼女はチョンシンデということを、一般論ではなくて自分について、チョンシンデという発言をされたという認識でいるのか、認識でいないのか。認識の時期は、論文を書いた頃、2014年の頃という質問なんですが、お分かりいただけますか。

櫻井 その認識が、彼女が今お示しいただいたのを見ると明らかに言っていませんけれども、それが非常にクリアであったかどうかということについてはちょっと自信がありません。

 

《櫻井は、金学順が慰安婦にされた経緯を語った共同記者会見の内容を取材、調査、確認していないのではないか。櫻井の答えからはそのような疑いが浮かんでくる。あいまいな答えを繰り返す櫻井に、川上は証拠を突きつづける》

 

川上 (甲第59号証の2を示す)東亜日報の反訳文を示します。本文1行目です。「挺身隊慰安婦として苦痛を受けた私が」という記載があるのは分かりますね。

櫻井 はい。

川上 (甲第60号証の2を示す)京郷新聞の反訳文を示します。本文5行目、「記者会見に現れた彼女は、『やられたことだけでも身震いがするのに、日本人が挺身隊という事実自体がなかったと言い逃れモをすることにあきれ証言することになった』と明らかにした。」、こういう記載がありますね。

櫻井 はい。

川上 (甲第61号証の1、2を示す)甲第61号証の2、朝鮮日報の反訳文を示します。見出しとして、チョンシンデ、「挺身隊の存在、私が証明します」、こういう記載がありますね。

櫻井 はい。

川上 甲第61号証の1、朝鮮語の原文のほうですけれども、その見出し部分に、「挺身隊」の文字が記載されているのが理解できますね。

櫻井 はい。

川上 戻って、甲第61号証の2です。最終段落に、「韓国政府が1日も早く挺身隊問題を明らかに」してという記載があることが分かりますね。

櫻井 はい。

川上 次に、恐らく、先ほど櫻井さん自らもお認めになったように、金学順さんの話というのは時と場所によって話すことが少しずつ変わっていたりするという認識をお持ちでしたね。

櫻井 はい。

川上 そして、8月14日の共同記者会見でも、韓国の報道を先ほど確認していただいたのでお分かりのとおり、恐らく、自分のことを、向こうの言葉でチョンシンデ、慰安婦という趣旨で発言されているということは確認できましたね。

櫻井 えっ。

川上 疑問ですか。

櫻井 もう一回言ってください。

川上 今、東亜日報と京郷新聞と朝鮮日報の記事を見ていただきました。反訳文を見ていただきました。そこで、自らのことを挺身隊、チョンシンデという意味で発言されているということは確認できましたよね。

櫻井 はい。

川上 そうすると、植村さんが8月11日にそのテープを聞いたという話なんだけれども、そのテープの中で、チョンシンデというふうに彼女が発言した可能性は否定できませんね。

櫻井 私はそのことを否定していません。ただし、私が問題にしているのは、女子挺身隊の名で戦場に連行され日本軍人相手に売春を強いられたと、この金学順さんの来歴を植村さんは書いている。しかし、その内容を彼女はほかのどこでも言っていないということです。チョンシンデということは言ったかもしれませんけれども、女子挺身隊の名で戦場に連行され日本軍人相手に売春を強いられたと、ほかのどこでも言っていません。そのことは強調したいと思います。

 

《はい、はい、はい、を7回繰り返した櫻井は、川上の質問が途切れると、得意の論点のすり替えを始める。川上は時間を惜しみ、先へ急いだ》

 

川上 次の質問に行きます。金学順さんが慰安婦となった経緯、これが連行と言えるのかどうか、あるいはだまされたのかどうかといったことについて、櫻井さんは論文の幾つかの中で触れられていると思います。

川上 (甲第8号証を示す)論文イ、週刊新潮の14年4月17日号です。左ページの3段目の12行目を示します。植村氏はという趣旨ですが、「日本が強制連行したとの内容で報じた」というふうに記載されていますね。

櫻井 はい。

川上 もちろん、櫻井さんはお分かりと思いますが、植村さんの記事A《1991年8月11日付朝日新聞大阪本社社会面掲載》では、連行とは書いているけれども、強制連行とは書いていないということは、もう十分自覚されておりますね。

櫻井 文字そのものはそうですけれども、意味は、強制連行だと取られても仕方がないと思います。なぜならば…

川上 理由は結構です。だから、連行と書いてあったとしても、これは強制連行の趣旨で書かれているんだと、こう理解をしていますよという理解でよろしいですね。

櫻井 はい。

川上 (甲第9号証を示す)論文ウ、週刊新潮の14年10月23日号、右ページの4段目の末行から左ページに掛けてです。「この女性、金学順氏は女子挺身隊の一員ではなく、貧しさゆえに親に売られた気の毒な女性である。」と、こういう記載になっていますね。

櫻井 はい。

川上 (甲第10号証を示す)論文エ、週刊ダイヤモンドの2014年9月13日号、3枚目の2段自、4行目を示します。「若い少女たちが強制連行されたという報告の基となったのが『朝日新聞』の植村隆記者(すでに退社)である。」、このような記載がありますね。

櫻井 はい。

川上 櫻井さんは、強制連行ではないんだというお考えなんですよね。

櫻井 ……。

川上 金学順さんを含めた方々、まあ金学順さんに限定してもいいです、彼女は強制連行されたわけじゃないんだという理解でおられるんですよね。

櫻井 彼女の来歴を見ると、そのように私は考えています。

川上 その来歴なんですけれども、先ほど、臼杵さんの論文を紹介させていただきました。この論文は主尋問でも引用されていましたし、陳述書の中でも紹介されておりました。この生い立ち、経歴というところについては、これはもう事実が書かれているんだろうと思っています。いいお話でした。

川上 (乙イ第31号証《「月刊宝石」1992年2月号》を示す)臼杵さんの論文、278ページ、下段を示します。櫻井さんが陳述書で引用したり、先ほど主尋問で引用したのが、10行目からのところで、「その後平壌にあった妓生専門学校の経営者に四十円で売られ、養女として踊り、楽器などを徹底的に仕込まれたのです。ところが、十七歳のとき、養父は『稼ぎにいくぞ』と、私と同僚の『エミ子』を連れて汽車に乗ったのです。着いたところは満州のどこかの駅でした。」、ここまで引用されています。これが17行目の途中までです。で、その後があるんですよね。その後を読みます。「サーベルを下げた日本人将校二人と三人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり『おかしいな』と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです。」と、こういう記載になっていますね。

櫻井 はい。

川上 櫻井さんがなぜそこを引用しなかったのか、私はよく分かりませんが、この記載全体を見て、親にだまされたとか、親に売られたという内容は記載されていますか。

櫻井 ここには、親に、「妓生専門学校の経営者に四十円で売られた」と書いてあります。

川上 それは、14歳のときにキーセン専門学校に行くときですね。私がお聞きしているのはそこじゃなくて、17歳のときに慰安婦にさせられたという経緯のところをお聞きしています。そこに、親にだまされて慰安婦にさせられたんだとか、親に売られて慰安婦にさせられたんだとか、そういう記載はありますか。

櫻井 親ではありませんけれども、この場合は、養父が稼ぎに行くぞと言って連れていったわけですから、売ったのは養父だというふうに推測をいたしました。

川上 キーセンを出た人が稼ぎに行くぞと言ったら、それは売春婦になるんだ、そういう意味で櫻井さんはお考えなんですか。

櫻井 全部が全部そうではないかもしれませんけれども、当時の状況を考えると、そのような推測をすることは不可能ではないと思います。

川上 ただ、文字としては、養父でも親でも継父でもそれこそいいのですが、だまされたとか、だまされて売られたとか、売られたという表現は使われていませんね。

櫻井 使われていませんけれども。

川上 (乙イ第2号証を示す)ハンギョレ新聞の反訳文の2枚目を示します。4行目です。「3年間の検番生活を終えた金さんが初めて就職だと思って、検番の義父に連れられていった所が、華北のチョルベキジンの日本軍300名余りがいる小部隊の前だった。『私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした。』、ここにも、義父でも養父でもいいんですが、親にだまされたとか、親に売られたとか、そういう記載はありませんね。

櫻井 ここには、ありません。

川上 ハンギョレ新聞への確認、これは親に売られたんじゃないか、だまされたんじゃないかというようなことを、確認されたことはありますか。

櫻井 もう一回言ってください。

川上 この反訳文は御覧になっているということなので、これを見て、ハンギョレ新聞のほうに、金さんはこの8月14日の共同記者会見の中で親に売られたとか親にだまされたとかいう発言はしていませんかという趣旨で、確認をされたことはありませんか。

櫻井 ハンギョレ新聞には確認はしていません。

川上 櫻井さん側は、今の乙イ第2号証で、ハンギョレ新聞について反訳文を証拠として出されていますね。

櫻井 はい。

川上 そのほかに、わざわざ乙イ第27号証で別な反訳文を出されているんですが、この経緯について櫻井さんは御存じですか。

櫻井  ……。

川上 (乙イ第27号証を示す)この反訳文を出された自覚はありますか。

櫻井 クリアには思い出せませんけれども、出しました。

川上 その理由は分かりませんね。

櫻井 この理由は……。

川上 被告代理人、証言台のところにいるのはいいですが、指示するかのようなしぐさをはやめてください。誤解を招きますよ。

野中 めくっただけです。

櫻井 この反訳をここに一緒に出したのは、明らかな理由は分かりません。

 

《櫻井は言葉に詰まり、野中は審理を妨害する。川上は持ち時間が少なくなったため追及を避けたが、ハンギョレ新聞の反訳文が2通りあることには、深い事情があった。植村弁護団は、結審にあたって提出した「最終準備書面」で次のように指摘している。

 

-被告櫻井は、自身で提出したハンギョレ新聞の反訳文に「私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」と記載されているものを提出した(乙イ2。下線は、原告訴訟代理人らによる)。その後、当該部分につき、「私を連れて行った義父も当時日本軍人にお金ももらえず、強引に私を取られたようでした」とした反訳文を、わざわざ提出し直している(乙イ27)。被告櫻井は、強制連行を意味する「武力で奪われた」との記載をあからさまに削除しているのである》

 

川上 (甲第24号証《北海道新聞1991年8月15日付》を示す)北海道新聞を示します。ここにも経緯が書かれていますので、確認したいと思います。本文4段目の3行目、「養父と、もう一人の養女と三人が部隊に呼ばれ、土下座して許しを請う父だけが追い返され、何がなんだか分からないまま慰安婦の生活が始まった」、こういう記載がありますね。

櫻井 はい、今、読みました

川上 ここにも、親にだまされた、養父にだまされた、養父に売られたという記載はありませんね。

櫻井 ここにはありません。

川上 (甲第60号証の2を示す)京郷新聞の本文3段目の3行目を御覧ください。「金ハルモニは、日本軍にとらえられ、従軍慰安婦として生活することになった。」、この経緯としてはこの程度しか書いていないんですけども、ここにも、親にだまされた、養父にだまされた、売られたという表現はありませんね。

櫻井 ここにはありません。

川上 (甲第65号証《産経新聞1991年12月7日付》を示す)産経新聞を示します。「日本政府は謝罪を」という見出しで始まる文章、ほぼ中央にあるところです。1段目の6行目、金学順さんが6日にリバティおおさかで記者会見したということが書かれていますね。

櫻井 はい、そうですね。

川上 で、2段目の5行目、「金さんは十七歳の時、日本軍に強制的に連行され」と、このような記載になっていますね。

櫻井 はい、そうですね。金さんの言葉として書いていますね。

川上 この内容も、親にだまされたとか売られたという記載はありませんね。

櫻井 はい。

川上 (甲第67号証《産経新聞1993年8月31日付》を示す)産経新聞を示します。右上の記事です。「人権考」という標題の記事になります。1段目の3行目、「国際電話をかけた。相手は朝鮮人の元従軍慰安婦、金学順(キム・ハクスン)さん」というふうに書いてありますから、国際電話を記者の方がかけたことが分かりますね。

櫻井 そうですね。

川上 2段目の3行目、「金さんは日本軍の目を逃れるため、養父と義姉の三人で暮らしていた中国・北京で強制連行された。十七歳の時だ。」、さらに、2段目の8行目に、「食堂で食事をしようとした三人に、長い刀を背負った日本人将校が近づいた。『お前たちは朝鮮人か。スパイだろう』そう言って、まず養父を連行。金さんらを無理やり軍用トラックに押し込んで一晩中、車を走らせた。」、このような記載になっていますね。

櫻井 はい。

川上 ここにも、親にだまされたとか親に売られたという記載はありませんね。

櫻井  ……御質問にお答えすれば、そのとおり書かれているということなんですけれども、このような、慰安婦の方々の人生の物語をきちんと検証しなければならないというのが、それこそ、秦郁彦さんの検証であり、吉田清治さんの書いた、いわゆる挺身隊としての強制連行はおかしいという、日本国の全体の反省だったのではないかというふうに思います。

 

《韓国紙だけでなく、北海道新聞も産経新聞も、日本軍の関与と強制連行があったことを報じている。川上が静かに突きつけた証拠に、櫻井は無表情で同意した。しかし、最後に「慰安婦の方々の人生の物語をきちんと検証しなければならない」と他人事のような感想を漏らすのだった。川上の持ち時間の60分はすでに経過していた。川上は最後に櫻井の「大ウソ事件」を持ち出して、意見を求めた》

 

川上 この慰安婦問題ということについては、櫻井さんは非常に強く関心を持たれて、様々なところで講演されていると思います。あるいは、いろいろな文章も出されていますね。

櫻井 (うなずく)

川上 そんな中で、福島瑞穂さん、彼女に講演会の出来事で謝罪をされたという記憶はありませんか。

櫻井 私は横浜の講演会で慰安婦問題について、これはニュースキャスターを辞めた直後くらいだったと記憶しているんですけれども、慰安婦間題でお話をしまして、歴史問題でお話をして、福島瑞穂さんのことについて、なかった会話を話しまして、そのことについて福島さんに正式に謝罪をいたしました。

川上 なかった会話というのは、どういう会話でしたか。

櫻井 ちょっと定かには覚えておりませんが、雑誌に書かれましたし、福島さんが赤裸々に書いておりますので、それは皆様方、幾らでも調べられると思います。

川上 私は福島さんを多少知っているものですから、あなた、すごく無責任なことをしているんではないですかというふうに言いました、せめてこの本を読み、せめて秦郁彦さんの研究なさった本を読み、済州新聞を読み、そして、秦郁彦さんなどの歴史研究家の従軍慰安婦の資料を読んでからお決めになったらどうだろう、吉田清治さんの本を証拠として使うこと自体、おかしいのではないかと言ったら、うん、まあ、ちょっといろいろ勉強してみるけどというふうにおっしゃいましたけれども、というふうに発言されたということでよろしいでしょうか。

櫻井 多分、あなたはそのテープを持っておられるんでしょうから、そのとおり言ったんだと思います。ただ…。

川上 ところが、この会話は、どれ一つ取っても事実ではありませんね。

櫻井 私は福島さんにその点は謝りました。ただし、福島さんと私の間には共通の弁護士がおりまして、意見交換はしたことはあります。

川上 私の質問は、今、私が櫻井さんの発言としてお話ししたことは一つも事実はないんだ、こういう理解でよろしいですねというふうに…。

櫻井 そのように取ってくださって結構です。その結果、私は彼女に二回三回と謝りました。1度は電話で、その次は面と向かって謝罪をいたしました。間違ったことを言ったことは大変反省しております。間違った事実を書いたときには訂正をしたいと思います。朝日新聞もそうしてほしいと思っています。

川上 でも、ここで言ったことは、まるっきりのうそじゃないですか。

櫻井 朝日新聞が書いたこともまるっきりのうそだと私は思っています。

川上 横浜の講演会を聞かれた方には訂正されたんですか。

櫻井 もう福島さんが雑誌に書きましたし、ほかの雑誌でもいろいろ書かれましたので、関係者はみんな知っていると思います。

 

《反省と謝罪を口にしながら、櫻井はまたもや論点をすり替え、こんどは朝日新聞批判を展開しようとした。満員の傍聴席に怒りを含んだ失笑があふれる中、70分にわたる反対尋問は終了した》

 

 


※参照動画 安田浩一氏の解説 「NO HATE TV のりこえネット」 0:15:33-1:12:05