判決を批判する 各判決の骨子と要点

東京地裁判決の骨子と要点 判決書全文PDF

東京高裁控訴審判決の骨子と要点 判決書全文

札幌地裁判決要旨・骨子と要点 判決書全文PDF

札幌高裁控訴審判決要旨・骨子と要点 判決書全文PDF

 

 

東京地裁判決の骨子と要点            判決書全文PDF

 

東京地裁判決は2019年6月26日、東京地裁103号法廷で言い渡された。植村氏の請求はいずれも棄却された。

原克也裁判長(大濱寿美裁判長代読)は、植村氏の記事について、「金さんが日本軍により、女子挺身隊の名で戦場に連行され、従軍慰安婦にさせられた」という内容を伝えていると認定。植村氏の取材の経緯などを踏まえ、「意図的に事実と異なる記事を書いた」として、西岡氏の記述には真実性がある、などと判断した。また、慰安婦問題は「日韓関係にとどまらず、国際的な問題となっていた」として表現の公益性も認め、賠償責任を否定した。

 

キーセン身売り説に相当性認める

判決は、「原告が、金学順のキーセンに身売りされたとの経歴を認識しながらあえて記事に記載しなかったという意味において、意図的に事実と異なる記事を書いた(裁判所認定摘示事実1)」とする西岡氏の主張について検討。1991年8月15日ハンギョレ新聞記事、金学順氏の訴状、臼杵敬子氏の月刊「宝石」1992年2月号記事を根拠に、 

 

 被告西岡が、金学順について、キーセンに身売りされたものと信じたことについて相当の理由があると認められる。=地裁判決書40ページ

 

と認定した。そのうえで、 

 

 被告西岡が、原告も、原告各記事の執筆当時、金学順の上記経歴を認識していたと考えたこと、そのため、原告が、上記経歴を認識していたにもかかわらず、原告各記事に上記経歴を記載しなかったものと考えて、原告が、原告各記事の読者に対し、金学順が日本軍に強制連行されたとの印象を与えるために、あえて上記経歴を記載しなかったものと考えたことのいずれについても、推論として一定の合理性があると認められる。 =地裁判決書40ページ

 

と、「真実相当性」を認定。さらに、朝日新聞社と植村氏が長年反論しなかったことを根拠に、西岡氏が持論を真実と信じるのは「もっともなこと」と認めた。 

 

 被告西岡は、1998年頃から繰り返し、公刊物において、裁判所認定摘示事実1を摘示した上で、朝日新聞社の記者である原告を名指しで批判していたにもかかわらず、朝日新聞社及び原告は、2014年8月に本件検証記事を掲載するまでの問、一切反論又は原告各記事についての説明をしてこなかった。そのため、被告西岡が、被告西岡による各表現をするに当たり、自身の主張が真実であると信じるのはもっともなことといえる。=地裁判決書40ページ

 

縁故利用説にも合理性認める

判決はさらに、西岡氏の主張のうち「原告が、義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いた(裁判所認定摘示事実2)」について検討した。前提として、西岡氏が植村氏を批判する際に「植村氏が義母の縁故を利用して記事を書いた」と指摘している点をめぐり、以下のように述べ、植村氏の記事執筆については「何ら非難されることではない」との判断を示した。 

 

 西岡論文Aは、原告が義母の縁故を利用して原告記事Aを書いたとの事実を摘示するものと解されるが、新聞記者が様々な縁故を利用して記事を書いたとしても、そのこと自体何ら非難されることではないから、上記事実が原告の社会的評価を低下させるものとは認められない。=地裁判決書33ページ

 

そのうえで判決は、以下のように認定し、被告側の「真実相当性」を認めた。 

 

 原告の義母が幹部を務める遺族会の会員らが平成3年訴訟を提起したこと、平成3年訴訟の原告らは日本軍が従軍慰安婦を強制連行したと主張していたこと、原告記事Aは平成3年訴訟提起の約4か月前に掲載され、原告記事Bは平成3年訴訟提起の約20日後に掲載されており、いずれも平成3年訴訟の提起と比較的近い時期に掲載されたとの各事情に加えて、裁判所認定摘示事実Iについて真実相当性が認められることによれば、被告西岡が、原告が義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いたと考えたことについて、推論として一定の合理性があるものと認められる。=地裁判決書41ページ


「原告記事A」、つまり1991年8月11日の植村氏の記事は、情報源が韓国挺身隊問題対策協議会によるものであり、植村氏の義母が幹部を務める「遺族会」、つまり太平洋戦争犠牲者遺族会とは関係のない別の団体である、ということは今回の訴訟でも原告側によって指摘されている。西岡氏も「原告のリーダーが義理の母であったために、金学順さんの単独インタビューがとれたというカラクリです」などとしていた記述が誤りだったと認めて訂正したことを明らかにしていた。

しかし、こうした経緯にもかかわらず、判決は情報源が別の団体であることを問わずに、西岡氏の記述について「推論として一定の合理性がある」との上記判断を示した。

さらに判決は、「裁判所認定摘示事実1」と同様、朝日新聞社と原告が1998年以降、2014年まで一切反論や説明をしなかったことを理由に「被告西岡が、被告西岡による各表現をするに当たり、自身の主張が真実であると信じるのはもっともなことといえる」との判断を繰り返した。

 

 「意図的に事実と異なる記事を書いた」に真実性

判決はまた「原告が、意図的に、金学順が女子挺身隊として日本軍によって戦場に強制連行されたとの、事実と異なる記事を書いた(裁判所認定摘示事実3)」との西岡氏の主張について検討。この点については、西岡氏の記述について「真実相当性」ではなく「真実性」を認める判断を示した。 

 

 原告は、原告記事A執筆前の取材において、金学順につき、同人はだまされて従軍慰安婦になったものと聞いており、金学順が日本軍に強制連行されたとの認識を有してはいなかったのであるから、記事Aが報道する内容は、事実と異なるものであることが認められる。この点については、朝日新聞社も、この女性(金学順)が「挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません。」として、原告記事Aに対するおわびと訂正の記事を掲載している。

 そして、原告は、日本政府による従軍慰安婦の強制連行の有無に関する国会質疑をきっかけに従軍慰安婦問題について関心を持ち、原告記事Aを執筆したこと、原告は、原告記事Aを執筆した当時、朝日新聞社の吉田供述を紹介する記事の存在を知っていたと優に推察されることからすれば、原告は、原告記事Aを執筆した当時、日本軍が従軍慰安婦を戦場に強制連行したと報道するのとしないのとでは、報道の意味内容やその位置づけが変わり得ることを十分に認識していたものといえる。これに加えて、原告は、一般に記事中の言葉の選択には細心の注意を払うであろう新聞記者として、原告記事Aを執筆しているところ、問題となっている原告記事A中の文言は、一読して原告記事Aの全体像を読者に強く印象付けることとなる前文中の「日中戦争や第2次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり」との文言であることを考慮すると、原告記事A中の上記文言は、原告が意識的に言葉を選択して記載したものであり、原告は、原告記事Aにおいて、意識的に、金学順を日本軍(又は日本の政府関係機関)により戦場に強制連行された従軍慰安婦として紹介したものと認めるのが相当である。すなわち、原告は、意図的に、事実と異なる原告記事Aを書いたことが認められ、裁判所認定摘示事実3は、その重要な部分について真実性の証明があるといえる。=地裁判決書43~44ページ

  

植村記事の意図を否定

判決はさらに、植村氏側の反論について検討。「韓国では、一般的に、女子挺身隊と従軍慰安婦が同じ意味で理解されており、日本国内においても、原告記事Aが掲載された当時は、上記の混同をした報道がされることが多かった」とする植村氏側の主張を、「原告記事Aが、金学順が日本軍により強制連行されたと報道するものではなく、少なくとも、原告にそのような報道の意図はなかった」と要約した。そのうえで、記事の書き換え文案を示しながら、原告側の主張を退けた。 

 

 しかしながら、仮に、原告が、女子挺身隊につき、従軍慰安婦を指す用語と誤解していたとしても、金学順を単に従軍慰安婦として紹介するのであれば、例えば、「女子挺身隊であった」とか、「従軍慰安婦(女子挺身隊)であった」とか、「女子挺身隊の名で従軍慰安婦をしていた」などと記載すればよいのであって、「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と記載すべき理由はないと考えられる。仮に、原告が女子挺身隊と従軍慰安婦を混同していたとの前提に立ったとしても、「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と記載すれば、当該記載が専ら日本軍(又は日本の政府関係機関)による強制連行を想起させるのは上記aで説示したとおりであり、原告の上記主張は、真実性の証明についての上記認定判断を覆すものとはいえない。=地裁判決書44ページ

 

慰安婦について札幌地裁判決と同じ定義

なお、判決は「認定事実」の冒頭で「女子挺身隊」や「慰安婦」について、西岡・文春側が証拠として提出した札幌地裁判決(乙23号証)を援用して、以下のように定義した。札幌地裁判決では被告側が提出した秦郁彦、西岡力両氏の著書を引用する形で「女子挺身隊」「慰安婦」を定義していたので、結局、西岡氏の定義が、回り回って東京地裁で西岡氏を勝たせる判決にも使われたことになる。

 

 昭和19年の女子挺身勤労令により、法的強制力のある女子挺身隊制度が設けられたが、同令において「女子挺身隊」とは「勤労常時要員としての女子(学徒勤労令の適用を受くべき者を除く)の隊組織(以下女子挺身隊と称す)」と定義され(同令1条)、国家総動員法5条の規定による命令により女子が女子挺身隊として行う勤労協力は、国等が指定する者の行う命令によって定められる総動員業務についてこれを行わせると規定されている(同令2条)。このように、女子挺身隊とは、これらの勤労動員制度に基づき、国家総動員法5条が規定する「総動員業務」(総動員物資の生産、修理、配給、輸出、輸入又は保管に関する業務等をいう。同法2条、3条参照)について工場などで労働に従事する女性のことを指すものである。=地裁判決書15ページ

 これに対し、慰安婦ないし従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称の一つであり、上記でいうところの「女子挺身隊」とは明らかに異なるものであって、この点は、朝日新聞社の訂正記事においても、明確に指摘されている。=地裁判決書16ページ

 

 

東京高裁判決の骨子と要点            判決書全文PDF

 

東京高裁の判決は2020年3月3日に言い渡された。白石史子裁判長は原告側の控訴を棄却した。

判決言い渡しは午後2時から101号法廷であった。弁護団席には植村氏側は15人が着席し、西岡・文春側は喜田村洋一弁護士がただひとり。西岡氏は今回も出席しなかった。席数95の法廷には70人が着席した。集まりが少なかったのは、新型コロナウイルスの感染拡大により、外出自粛が始まっていたためである。白石裁判長は主文を読んだだけで退廷した。裁判はわずか10秒ほどで終わった。

判決は、西岡氏が植村氏の記事を「挫造」と主張した根拠について、以下の3点を「裁判所認定摘示事実」と定義したうえで、それぞれ適否を検討した。

 

 

 ①控訴人は、金学順が経済的困窮のためキーセンに身売りされたという経歴を有していることを知っていたが、このことを記事にすると権力による強制連行との前提にとって都合が悪いため、あえてこれを記事に記載しなかった(摘示事実1)、

 ②控訴人が、意図的に事実と異なる記事を書いたのは、権力による強制連行という前提を維持し、遺族会の幹部である義母の裁判を有利にするためであった(摘示事実2)、

 ③控訴人が、金学順が「女子挺身隊」の名で戦場に強制連行され、日本人相手に売春行為を強いられたとする事実と異なる記事をあえて書いた(摘示事実3)=高裁判決書14ページ

  

法律用語で「事実」というときは、それが実際にあったことか否かの真偽は必ずしも問われない。「虚偽の事実」という使い方もある。これに対し、その「事実」が偽りでなく実際にあったときは「真実」と呼んで区別している。この3点の摘示事実のうち、金学順さんがキーセン(妓生)に身売りされた経歴をめぐる「裁判所認定摘示事実1」について、判決は以下のように認定し、西岡氏の記述の「真実性」を否定した。 

 

キーセン身売り説に「真実相当性」を認める

 

 控訴人が原告記事A執筆当時、「金学順が経済的困窮のためキーセンに身売りされた」という経歴を有していることを知っていたとまでは認められないし、原告各記事執筆当時、「権力による強制連行との前提にとって都合が悪い」との理由のみから、あえてこれを記事にしなかったとまで認めることは困難である。=高裁判決書14ページ

 

しかし、西岡氏が「金学順が経済的困窮のためにキーセンに身売りされ、養父により人身売買により慰安婦にさせられたものであり、金学順が自らその旨述べていると信じた」ことには「相当の理由があるというべきである」として「真実相当性」を認め、西岡氏を免責した。

キーセンをめぐる論争について、植村氏は1991年11月に訴訟の弁護団が金さんに聞き取り調査したテープを東京高裁に提出し、「金氏はキーセンに言及していない。相手が話さないことを記事に書かないのは当然」と主張していた。これに対し判決は、「上記『証言テープ』が上記聞き取り調査の際の金学順の証言の全てを記録したものとは認め難い」と述べ、植村氏の主張を退けた。

「義母の裁判を有利にするため」かどうかが争われた「裁判所認定摘示事実2」については以下のように述べ、西岡氏の記述の真実性を否定した。

 

 原告記事Aの執筆時点において、控訴人が、義母の裁判(平成三年訴訟)の提訴予定を知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、控訴人が「義母の裁判を有利にするために事実と異なる記事を書いた」との事実が真実であるとまで認めることは困難である。=高裁判決書21ページ

 

だが、この点についても判決は「真実相当性」を認め、西岡氏を免責した。

 

縁故利用説にも「真実相当性」を認める  

 

 控訴人が、権力による強制連行という前提(これは平成三年訴訟の前提でもあった。)を維持し、義母の裁判(平成三年訴訟)を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いたと考えたことについては、推論として相応の合理性がある。被控訴人西岡が前記(この各資料等(被控訴人西岡は、韓国在住の義母にも取材した。)を総合して上記のとおり信じたことについては相当の理由があるというべきである。=高裁判決書22ページ

 

「挺身隊の名で連行された」という記述をめぐる「裁判所認定摘示事実3」については、東京地裁判決を支持し、西岡氏の記述の「真実性」を認めた。植村氏が自分の記事について「強制連行とは書いていない」などと反論した部分については、以下のように述べて退けた。

 

「事実と異なる記事を書いた」に「真実性」を認める

 

 控訴人は、原告記事Aの「連行され」とのリード部分は「強制連行」とは書いておらず、本文中の記載に照らしても「だまされて連れて行かれた」との意味であり強制連行を意味しない旨主張する。しかしながら、リード中の「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」との表現を一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば、金学順が日本軍等により「強制的に戦場に連れて行かれた」こと、すなわち権力による強制連行を意味するものというべきであって、このことは、本文中に「だまされて」との一語があることによっても変わりがない。なお、当時、朝日新聞社は、吉田供述等に依拠して「狭義の強制性」を大々的かつ率先して報道していたことに照らすと、「だまされて」と「連行」とでは明らかに意味合いが異なり、同社の記者である控訴人がこのことを意識せずに、単に戦場に連れて行かれたとの意味で「連行」という語を用いたとは考え難い。=高裁判決書24~25ページ

 

朝日新聞の報道姿勢を厳しく論難  

判決では、「挺身隊」と「慰安婦」の用語の使い方をめぐり、原告側が「訂正の必要はない」と述べたことに対し、朝日新聞社第三者委員会の報告書をもとに、「議論のすりかえ」と批判。原告の植村氏個人というより朝日新聞社全体の慰安婦問題をめぐる報道姿勢を厳しく論難する記述が目立った。 

 

 原告記事Aが報道する事実の意味内容と控訴人が認識した事実とが異なっていたことは明らかであって、訂正不要との上記供述は、本件調査報告書の指摘にもあるように、「広義の強制性」を持ち出して「議論のすりかえ」をしたものというはかない。当時、朝日新聞社は、吉田供述等に依拠して「狭義の強制性」が認められるとの立場を明確にとっており、一連の報道において、そのことを示すものとして[(女子)挺身隊の名で連行」等の表現を繰り返し用いていたことからすると、原告記事Aの「『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され」との表現もその一環として用いられたものとみるのが自然である。=高裁判決書24ページ

 とくに次の箇所では、朝日新聞社を被告とする一連の集団訴訟で保守・右派が主張してきた「朝日新聞社の報道が与え続けた国内外への影響の大きさ」についての言及もあった。しかし「影響の大きさ」についての論拠は示されなかった。

控訴人は、22年前にニュース記事を2本書いたにすぎない一私人の就職先が当然に公共の利害に関わるとは思われないなどと主張する。しかしながら、朝日新聞社は2014年の本件検証記事に至ってようやく過去の記事の誤りを認め謝罪したが、その検証内容についても「朝日新聞の自己弁護の姿勢が目立ち、謙虚な反省の態度も示されず、何を言わんとするのかわかりにくいもの」(本件調査報告書)だったと指摘されているのであって、この間、原告各記事を含む慰安婦問題に関する朝日新聞社の報道が与え続けた国内外への影響の大きさにも照らすと、2014年当時においても非常に社会的関心が高い事柄であったことは明らかであり、単に「22年前にニュース記事を2本書いたにすぎない一私人」の問題などとみるのは相当でない。=高裁判決書28ページ 

 

 

札幌地裁判決要旨 (裁判所原文)

 

 

事案の概要

 被告櫻井は,被告ワック社が発行する雑誌「WiLL」,被告新潮社が発行する「週刊新潮」,被告ダイヤモンド社が発行する「週刊ダイヤモンド」に,原告が朝  日新聞社の記者として「従軍慰安婦」に関する記事を執筆して平成 3  8  1 1 日の朝日新聞に掲載した記事(「思い出すと今も涙韓国の団体聞き取り」というタイトルの記事。以下「本件記事」という。)について「捏造である」などと記載する論文(以下「本件各櫻井論文」という。)を掲載するとともに,自らが開設するウェブサイトに上記各論文のうち複数の論文を転載して掲載している。 

 本件は,原告が,本件各櫻井論文が原告の社会的評価を低下させ,原告の名誉感情や人格的利益を侵害するものであると主張して,被告櫻井に対してウェブサイトに転載して掲載している論文の削除を求めたほか,被告らに対して謝罪広告の掲載や慰謝料等(各被告ごとに550万円)の支払を求めた事案である。

 

当裁判所の判断

1 社会的評価を低下させる事実の摘示,意見ないし論評の表明

本件各櫻井論文を,一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従っ て判断すれば  本件各櫻井論 文のうちワッ ク社の出版する「 W i L L 」に掲載されたものには,原告が,金学順氏が継父によって人身売買され,慰安婦にさせられたという経緯を知りながらこれを報じず,慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊とを結びつけ,金学順氏が「女子挺身隊」の名で日本軍によって 戦場に強制連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」であるとする,事実と異なる本件記事を敢えて執筆したという事実が摘示されており,被告新潮社の出版する「週刊新潮」及びダイヤモンド社が出版する「週刊ダイヤモンド」に掲載されたものにも,これと類似する事実の摘示があると認められるものがある。そして,このような事実の摘示をはじめとして,本件各櫻井論文には,原告の社会的評価を低下させる事実の摘示や意見ないし論評がある。

 

2 判断枠組

 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される。また,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される。

 

3 摘示事実及び意見ないし論評の前提事実の真実性又は真実相当性

(1)金学順氏が挺対協の事務所で当時語ったとされる録音テープや原告の取材内容が全て廃棄されていることから,金学順氏が慰安婦にさせられるまでの経緯に関して挺対協でどのように語っていたのかは明らかでない。また,金学順氏が共同記者会見に応じた際に述べたことを報じた韓国の報道のなかには,養父又は義父が関与し,営利を目的として金学順氏を慰安婦にしたことを示唆するものがあるが,慰安婦とされる経緯に関する金学順氏の供述内容には変遷があることからすると 上記 1 の事実のうち金学順氏が慰安婦とされるに至った経緯に関する部分が真実であるとは認めることは困難である。しかし,本件記事には「だまされて慰安婦にされた」との部分があることや,被告櫻井が取材の過程で目にした資料(金学順氏が平成3814日に共同記者会見に応じた際の韓国の新聞報道,後に金学順氏を含めた団体が日本国政府を相手に訴えた際の訴状,金学順氏を取材した内容をまとめた臼杵氏執筆の論文)の記載などを踏まえて;被告櫻井は,金学順氏が継父によって人身売買された女性であると信じたものと認められる。これらの資料は,金学順氏の共同記者会見を報じるもの,訴訟代理人弁護士によって聴き取られたもの,金学順氏と面談した結果を論文にしたものであるところ,金学順氏が慰安婦であったとして名乗り出た直後に自身の体験を率直に述べたと考えられる共同記者会見の内容を報じるハンギョレ新聞以外の報道にも,養父又は義父が関与し,営利目的で金学順氏を慰安婦にしたことを示唆するものがあることからすると,一定の信用を置くことができるものと認められるから,被告櫻井が上記のように信じたことには相当の理由があるということができる。また,これらの資料から,被告櫻井が,金学順氏が挺対協の聞き取りにおける録音で「検番の継父」にだまされて慰安婦にさせられたと語っており,原告がその録音を聞いて金学順氏が慰安婦にさせられた経緯を知りながら,本件記事においては金学順氏をだました主体や「継父」によって慰安婦にさせられるまでの経緯を記載せず,この事実を報じなかったと信じたことについて相当な理由があるといえる。

 また,上記1の事実については,本件記事のリード文に「日中戦争や第二次大戦の際,「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち,一人がソウル市内で生存していることがわかり(以下略)」との記載があるが,原告本人の供述によれば,金学順氏は,本件記事の取材源たる金学順氏の供述が録音されたテープの中で,自身が女子挺身隊の名で戦場に連行されたと述べていなかったと認められる。このことに加えて,本件記事が掲載された朝日新聞が,本件記事が執筆されるまでの間に,朝鮮人女性を狩り出し,女子挺身隊の名で戦場に送り出すことに関与したとする者の供述を繰り返し掲載し,本件記事が報じられた当時の他の報道機関も,女子挺身隊の名の下に朝鮮人女性たちが,多数,強制的に戦場に送り込まれ,慰安婦とされたとの報道をしていたという事情を踏まえると,これらの報道に接していた被告櫻井が,本件記事のリード部分にある 「「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され」との部分について,金学順氏が第二次世界大戦下における女子挺身隊勤労令で規定された「女子挺身隊」として強制的に動員され慰安婦とされた女性であることが記載されていると理解しても,そのことは,一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈しても不自然なものではないし,女子挺身勤労令で規定するところの女子挺身隊と慰安婦は異なるものであることからすると,被告櫻井において本件記事が上記1 のような内容を報じるものであったと信じたことには相当の理由があるといえる。

 そして,被告櫻井が,上記1及び上記1の事実があると信じたことについて相当の理由があることに加えて,原告の妻が,平成3年に日本政府を相手どって訴訟を起こした団体の常任理事を務めていた者の娘であり,金学順氏も本件記事が掲載された数か月後に同団体に加入し,その後上記訴訟に参加しているという事実を踏まえて,被告櫻井が,本件記事の公正さに疑問を持ち,金学順氏が「女子挺身隊」の名で連行されたのではなく検番の継父にだまされて慰安婦になったのに,原告が女子挺身勤労令で規定するところの「女子挺身隊」を結びつけて日本軍があたかも金学順氏を戦場に強制的に連行したとの事実と異なる本件記事を執筆した上記 1 の事実と信・じたとしても  そのことについては相当な理由がある。

(2)その他,本件各櫻井論文に摘示されている事実又は意見ないし論評の前提とされている事実のうち重要な部分については,いずれも真実であるか,被告櫻井において真実であると信ずるについて相当の理由があると認められ,意見ないし論評部分も,原告に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱 したものとは認め難い。

 

4 公共性,公益目的性

 本件各櫻井論文の内容及びこれらの論文を記載し掲載された時期に鑑みれば,本件各櫻井論文主題は,慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢やこれに関する本件記事を執筆した原告を批判する点にあったと認められ,また,慰安婦問題が日韓関係の問題にとどまらず,国連やアメリカ議会等でも取り上げられるような国際的な問題となっていることに鑑みれば,本件各櫻井論文の記述は,公共の利害に関わるものであり,その執筆目的にも公益性が認められる。

 

5 結論

 以上によれば,本件各櫻井論文の執筆及び掲載によって原告の社会的評価が低下したとしても,その違法性は阻却され,又は故意若しくは過失は否定されるというべきである。

 

  

 札幌地裁判決の骨子と要点               判決書全文PDF       

 

判決は2018年11月9日、札幌地裁805号法廷で言い渡され、請求はいずれも棄却した。

岡山裁判長は判決で、櫻井氏の論文などが植村氏の社会的評価を「低下させた」と認めた。一方で、櫻井氏が他の新聞記事や論文などをもとに、「植村氏の記事は事実と異なる」と信じたことには「相当の理由がある」などと結論づけた。

名誉毀損が裁判で認められるためには、名誉を傷つけたとされる側がその言論において「真実性」が成立しない、つまり真実ではないことを述べたことが、言論の違法性を認定する要件の一つとされる。

判決は、元慰安婦の金学順さんについて櫻井氏が主張してきた「継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」という点については、「真実であると認めることは困難である」と述べた。

その理由の第一点は、植村氏が聞いた金学順さんの証言テープや当時の取材メモがないこと。第二点として、証人尋問に立った北海道新聞の元ソウル特派員・喜多義憲氏が金学順さんに1991年8月14日に単独インタビューしたときの記事や、同じ8月14日に共同記者会見した後に韓国や日本で報じられた内容、1991年12月6日に提訴した際の訴状の内容、また臼杵敬子氏が金学順さんにインタビューして月刊「宝石」 1992年2月号で報じた内容が必ずしも一致していないことがあげられた。

札幌地裁の口頭弁論では、櫻井氏が、「WiLL」2014年4月号で「訴状には、14歳のとき、継父によって40円で売られたこと…などが書かれている」と記述した点について、被告本人尋問で、金学順さんの訴状に「40円で売られた」という記述がないことを櫻井氏が認め、「WiLL」に訂正記事を掲載した経緯があったが、この判決では触れられていない。

しかし「真実性が成立しない」、つまり櫻井氏の記述に誤りがあるとされた場合でも、筆者が真実と信じたことに相当な理由があるとき、つまり「真実相当性」が成立すれば、その筆者の責任は免除される。判決はこの「真実相当性」を幅広く認め、櫻井氏の誤りには故意や過失がなかったとして免責した。

判決の主要部分は次の通り。

 

慰安婦の定義を櫻井の主張通り、「戦地で売春に従事していた女性」とした

 

 女子挺身隊とは、これらの勤労動員制度に基づき、国家総動員法5条が規定する「総動員業務(総動員物資の生産、修理、配給、輸出、輸入又は保管に関する業務等をいう。)について工場などで労働に従事する女性のことを指すものである。

 これに対し、慰安婦ないし従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称のひとつであり、女子挺身隊とは異なるものである。=判決書36ページ

  

櫻井が主張する「人身売買説」は真実とは認められない、と判断した

 慰安婦となった経緯に関する金学順氏の発言は、本件記事Aが報道された数日後の8月14日に北海道新聞ソウル駐在記者であった喜多の単独インタビューに応じた際に報じられた内容、同日の記者会見に応じた際に報じられた内容、本件遺族会の会員が提訴した平成3年訴訟における訴状で主張していた内容、共同記者会見後に日本の報道機関によるインタビューや記者会見に応じた際に述べた内容を記載した臼杵論文との間で必ずしも一致しておらず、「継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」という事実が真実であると認めることは困難である。=判決書48~49ページ

 

櫻井が「人身売買説」を信じたことに、相当の理由を認めた

 

 被告櫻井が、金学順氏をだまして慰安婦にしたのは検番の継父、すなわち血のつながりのない男親であり、検番の継父は金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとしていたことをもって人身売買であると信じたものと認められる。=判決書49~50ページ

 上記ハンギョレ新聞、平成三年訴訟の訴状及び臼杵論文は一定の信用性を措くことができる資料であるということができる。そうとすれば、被告櫻井が、これらの資料に基づいて上記のとおり信じたことについて相当の理由があるというべきである。=判決書50ページ

  

櫻井の誤りについては、「援用に正確性を欠いても相当性は欠けない」と判断した

 被告櫻井が、櫻井論文アを記載するに当たっては、同訴状だけではなく、ハンギョレ新聞や臼杵論文もその資料としていたのであるから、平成3年訴訟の訴状の援用に正確性に欠ける点があるとしても、真実であると言じたことについて相当性を欠くとはいえない。=判決書50ページ

 

 「金学順氏は、女子挺身隊の名で連行、とは語っていなかった」と認定した

 

 本件記事Aのリード部分にある「女子挺身隊の名で」という言葉は「韓国で女子挺身隊というふうに呼ばれているところの慰安婦として使いました。法令に基づいて連れて行かれた人ではないということは認識がありました」(原告本人)と供述していることからすると、金学順氏が、挺対協の聞き取りにおいて、「女子挺身隊」の名で戦場に連行されたと述べていなかったと認められる。=判決書51~52ページ

 被告櫻井本人は、本件記事Aが報じられた数日後に行われた金学順氏の共同記者会見の内容を報じたハンギョレ新聞、平成3年訴訟の訴状及び臼杵論文の調査等により、金学順氏が挺対協の聞き取りで「女子挺身隊」の名で戦場に連行されたとは述べていなかったと考えた旨陳述しており、上記の資料に一定の信用性を肯定することができることは前記のとおりであるから、被告櫻井が、金学順氏が挺対協の聞き取りで「女子挺身隊」の名で戦場に連行されたと語っていなかったと信じたとしても、相当の理由があるというべきである。=判決書52ページ

  

 「植村記事Aは強制連行を報じた」と櫻井が信じたことに、相当の理由を認めた

 

 朝日新聞は、1982年9月2日、吉田を強制連行の指揮に当たった動員部長と紹介して朝鮮人女性を狩り出し、女子挺身隊の名で戦場に送り出したとする吉田の供述を初めて紹介し、それ以降も国家総動員体制のもとで軍需工場や炭鉱などで働く労働力確保のための報国会の動員部長として多数の朝鮮人女性を強制連行したとの吉田の供述を繰り返し掲載していたし、本件記事Aが報じられる前の朝日新聞以外の報道機関も、「女子挺身隊の名のもとに(中略)朝鮮半島の娘たちが、多数強制的に徴発されて戦場に送り込まれた」、「朝鮮人従軍慰安婦は(中略)「女子挺身隊」の名目で強制的に戦地に送られ」、「「女子挺身隊」などの名目で徴発された朝鮮人女性たちは(中略)慰安所で兵士たちの相手をさせられた」などと報じていたのであり、被告櫻井もこれらの報道に接していたのであるから、被告櫻井が、本件記事Aの「女子挺身隊の名で連行された」との部分について、韓国で慰安婦の意味で使われている「挺身隊」又は「女子挺身隊」という意味ではなく、金学順氏が第2次大戦下における女子挺身勤労令で規定された「女子挺身隊」として戦場に強制的に動員されたと読んだとしても、そのことは、一般読者の普通の注意と読み方を基準としてした解釈としても不自然なものではない。

 しかるところ、女子挺身勤労令で規定するところの「女子挺身隊」と太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦時下において売春に従事していた慰安婦ないし従軍慰安婦は異なるものであるから、被告櫻井が、原告が本件記事Aにおいて慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊を結びつけ、「女子挺身隊」の名で金学順氏が日本軍によって戦場に強制連行されたものと報じたと信じたことについては相当の理由があるというべきである。=判決書52~53ページ 

 

義母との関連で「記事Aは事実と異なる」と櫻井が信じたことに相当な理由を認めた

 原告の妻が本件遺族会の常任理事を当時務めていた者の娘であり、本件記事Aが報じられた数か月後に金学順氏を含む本件遺族会の会員が平成3年訴訟を提起したことを踏まえ、被告櫻井が、本件記事Aの公正さに疑問を持ち、金学順氏が「女子挺身隊」の名で連行されたのではなく検番の継父にだまされて慰安婦になったのに、原告が女子挺身勤労令で規定するところの「女子挺身隊」を結びつけて日本軍があたかも金学順氏を戦場に強制的に連行したとの事実と異なる本件記事Aを執筆したと信じたとしても、相当な理由があるというべきである。=判決書55ページ

 

金学順氏が言う「挺身隊」は法令上の「女子挺身隊」ではない、と認定した

 

 金学順氏が一度も「挺身隊」だったと語っていないという部分については、金学順氏が、共同記者会見で、「挺身隊」又は「挺身隊慰安婦」だったと述べていることからすると、その限度では真実ではないというべきである。しかし、同記述の前後の文脈からすれば、同記述は、韓国で慰安婦の意味として使われている「挺身隊」又は「女子挺身隊」という意味ではなく、金学順氏が第2次世界大戦下における女子挺身勤労令で規定された「女子挺身隊」であったと語ったことはないということを意味するものと解される。そして、金学順氏が、女子挺身勤労令で規定するところの「女子挺身隊」であったと語ったことはないとの事実は真実であると認められる。

 そうすると、櫻井論文オの前提事実は、いずれも重要な部分において真実であるか、又は真実であると信じたことについて相当の理由があるところ、これらの事実を前提として、被告櫻井が、原告が金学順氏が女子挺身隊として日本軍に連行されたという事実がないのにこれを知りながら、金学順氏が日本軍に連行されて慰安婦とされたという事実と異なる記事を敢えて執筆したと言われても仕方がないであろうと論評ないし意見をしたとしても、原告に対する人身攻撃に及ぶなど論評ないし意見の域を超えたものであるとはいえない。=判決書64~65ページ 

 

櫻井のバッシング拡散目的を否定し、公益目的があると判断した

 

 本件各記述の主題は、慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢やこれに関する本件記事Aを執筆した原告を批判する点にあったと認められ、そのような目的と異なり、被告櫻井自身の「信念」の正当性を根拠づけ、強調するべく、原告や朝日新聞に対するバッシングを拡散することが主眼とするものであったとは認め難い。=判決書65ページ

 慰安婦問題は、日韓関係の問題にとどまらず、国連やアメリカ議会等でも取り上げられるような国際的な問題となっていると認められるから、慰安婦問題に関わる本件各記述は、公共の利害に関する事実に係るものであるということができ、このような慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢やこれに関する本件記事Aを執筆した原告への批判は公益目的を有するというべきである。=判決書65~66ページ

   

札幌高裁判決要旨 (裁判所の正文)       

 

 

1 結論

当裁判所は、原審と同じく、本件各櫻井論文の記述中には控訴人の社会的評価を低下させるものがあるが、その摘示されている事実又は意見ないし論評の前提とされている事実は、真実であると証明されているか、事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があると認められ、被控訴人櫻井による論評ないし意見が控訴人に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱しているとまではいうことができないと判断した。また、被控訴入櫻井が本件各櫻井論文を執筆し掲載したことについては、公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的にあるということができるから、本件各櫻井論文の執筆及び掲載によって控訴人の社会的評価が低下したとしても、その違法性は阻却され、又は故意若しくは過失は否定されると判断した。

 

  被控訴人櫻井が本件各櫻井論文に記載した事実を真実であると信じたことにづいて相当の理由が認められることについて

(1) 被控訴人櫻井が本件各櫻井論文の執筆に当たって参照した資料(ハンギョレ新聞、平成3年訴訟の訴状、臼杵論文)は、いずれも一定の信用性が認められる。そして、これらの資料からは、日本軍が金学順氏をその居住地から連行して慰安婦にしたという意味で、日本軍が強制的に金学順氏を慰安婦にしたのではなく、金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと読み取ることが可能である。被控訴人櫻井が、これらの資料から、金学順氏が女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊として日本軍に強制連行されて慰安婦になったのではなく、検番の継父にだまされて慰安婦になったと信じたことについて相当な理由が認められる。

 また、控訴人が聞いた録音テープにおいて、金学順氏は、だまされて慰安婦にされた旨を語っていたことが推認されるから、被控訴人櫻井が、控訴人が金学順氏の語った内容と異なる内容、すなわち、金学順氏が女子挺身隊の名で日本軍に連行されたとの内容の本件記事Aを執筆したと信じたことについても相当な理由が認められる。

(2) 控訴人が本件記事Aを執筆した平成3年当時、「女子挺身隊」又は「挺身隊」の語が、一義的に慰安婦の意味に用いられていたとは認められない。本件記事Aは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば、「女子挺身隊」として強制的に徴用された慰安婦が具体的に名乗り出たと読むことが相当である。そうすると、被控訴人櫻井が、本件記事Aにおける「女子挺身隊」の語を女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の意味に解し、女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の名で慰安婦にされたとは述べていなかった金学順氏について、控訴人が女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊と慰安婦を関連付けたと信じたことには相当な理由が認められる。

(3) 金学順氏は、平成3年8月の共同記者会見以降、検番の継父にだまされて連れて行かれた先で慰安婦にさせられた旨を繰り返し述べているから、被控訴人櫻井が、金学順氏が慰安婦になった経緯について更に取材や調査をすべきであったとはいえない。また、本件記事Aの趣旨については、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば十分であり、控訴人本人に直接確認すべきであったとはいえない。さらに、本件記事Aの執筆時点における控訴人の認識についても、推論の基礎となる資料が十分にあるといえるため、控訴人本人に対する直接の取材が不可欠であったとはいえない。したがって、被控訴人櫻井が本件各櫻井論文を執筆するに当たって、取材や調査が不十分であったとは認められない。

 

 

札幌高裁判決の骨子と要点                 判決書全文PDF

 

札幌高裁の判決は2020年2月6日に言い渡され、冨田一彦裁判長は原告側の控訴を棄却した。

冨田裁判長は一審の判決を支持し、最大の争点である「真実相当性」について、地裁判決と同じ判断をし、櫻井氏の不法行為責任を免責した。

植村氏は控訴審で「櫻井氏は植村本人に直接取材していない」と指摘し、櫻井氏が植村氏の記事を「握造」だと信じたことに「相当な理由があるとは認められない」と繰り返し主張した。だが判決は、「推論の基礎となる資料が十分あると評価できるから、事実確認のため、控訴人植村本人への取材を経なければ、相当性が認められないとはいえない」と判断して、植村氏の主張を退けた。

変更があったのは、「摘示事実」とした表現の一部を「論評・意見」とした点だが、判決には影響していない。また、金学順さんの「強制的に連行され」の証言の信用性をめぐる植村氏の主張について、「金学順氏を慰安婦にしようとしていた義父あるいは養父から奪ったという点にとどまっている」と、日本軍による強制の要素を限定的にとらえる判断を示した。

判決の主要部分は次の通り。

 

資料には「一定の信用性がある」とし、櫻井に真実相当性を認めた

 ハンギョレ新聞は、金学順氏が慰安婦であったとして名乗り出た直後に自身の体験を率直かつ具体的に述べ、これを報道したもの、平成3年訴訟の訴状は、訴訟代理人弁護士が金学順氏に対し事情聴取をして作成したもの、臼杵論文は、臼杵敬子が金学順氏に面談して作成したものと考えられ、それぞれ一定の信用性があるということができる。これらの記載の内容を総合考慮すると、被控訴人櫻井が、これらの資料から、金学順氏が女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊として日本軍に強制連行されて慰安婦になったのではなく、金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと信じたことについて相当な理由が認められる。判決書14ページ

 

日本軍関与は「消極的事実」だとして、櫻井に真実相当性を認めた

 

 控訴人植村は、上記の各資料からは、金学順氏が日本軍人により強制的に慰安婦にさせられたと読み取るのが自然であると主張する。しかし、上記の各資料は、金学順氏の述べる出来事が一致しておらず、脚色・誇張が介在していることが疑われるが、検番の義父あるいは養父に連れられ、真の事情を説明されないまま、平壌から中国又は満州の日本軍人あるいは中国人のところに行き、着いたときには、日本軍人の慰安婦にならざるを得ない立場に立たされていたという趣旨ではおおむね共通しており、上記ハンギョレ新聞・臼杵論文からうかがえる日本軍人による強制の要素は、金学順氏を慰安婦にしようとしていた義父あるいは養父から金学順氏を奪つたという点にとどまつている。

 そうであれば、核となる事実として、日本軍が金学順氏をその居住地から連行して慰安婦にしたという意味で、日本軍が強制的に金学順氏を慰安婦にしたのではなく、金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと読み取ること、すなわち、いわば日本軍の関与に関わる消極的事実を読み取ることが可能である。被控訴人櫻井が、上記の各資料に基づき上記のとおり信じたことについては、相当性が認められると言うべきである。=判決書14ページ

  

 「単なる慰安婦の名乗り出なら報道価値が半減する」と断定

朝日新聞は、1982年以降、吉田を強制連行の指揮に当たった動員部長として紹介して朝鮮人女性を狩り出し、女子挺身隊の名で戦場に送り出したとの吉田の供述を繰り返し掲載していたし、他の報道機関も朝鮮人女性を女子挺身隊として強制的に徴用していたと報じていた。その一人がやっと具体的に名乗り出たというのであれば(それまでに具体的に確認できた者があったとは認められない〈弁論の全趣旨〉。)、日本の戦争責任に関わる報道として価値が高い反面、単なる慰安婦が名乗り出たにすぎないというのであれば、報道価値が半減する。=判決書15ページ 

 

 「勤労令の女子挺身隊と結びつけた」と櫻井が信じたことに相当性を認めた

 

 「体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開き始めた。」との記述等に照らすと、本件記事Aについて、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば、「女子挺身隊」として強制的に徴用された慰安婦が具体的に名乗り出たと読むことは相当である。

 そうすると、被控訴人櫻井が、本件記事Aにおける「女子挺身隊」の語を女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の意味に解し、女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の名で慰安婦にされたとは述べていなかった金学順氏について、控訴人植村が女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊と慰安婦とを関連付けたと信じたことには相当性が認められるというべきである。=判決書15ページ

  

 「推論の基礎となる資料が十分あるから本人取材は必要がない」と断定

 金学順氏は、自ら体験した過去の事実(慰安婦となった経緯)について、櫻井論文執筆時点に比べ、より記憶が鮮明であったというべき過去の時点において、多数の供述を残している。すなわち、金学順氏は、平成3年8月14日の共同記者会見の当初から、検番の継父にだまされて連れて行かれた先で慰安婦にさせられた旨を繰り返し述べており、このことは、同月15日付けのハンギョレ新聞や平成3年訴訟の訴状からも明らかである。これらから、前記イのとおり、日本軍の関与に関わる消極的事実を読み取ることが可能である。

 これらの資料の閲読に加えて、更に平成3年当時の金学順氏が述べた慰安婦にさせられた経緯について、改めて取材や調査をすべきであったとはいえない。控訴人植村の主観的事情(記事執筆時点での認識)について、これまでに判示したところによれば、被控訴人櫻井は、本件記事Aについて、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈(具体的には、本件記事Aの「女子挺身隊の名で連行された」との部分について、金学順氏が第二次世界大戦下における女子挺身勤労令で規定された「女子挺身隊」として戦場に強制的に動員されたと解釈)した上、多数の公刊物等の資料に基づき、合理的に推論できる事実関係(具体的には、金学順氏が挺対協の聞き取りにおける録音で「検番の継父」にだまされて慰安婦にさせられたと語っており、原告がその録音を聞いて金学順氏が慰安婦にさせられた経緯を知ったこと)に照らして、判断の上、櫻井論文に記載したということができる。

 前者(記事の趣旨)について、執筆者である控訴人植村本人に確認することを相当性の条件とすることは、記事が客観的な存在になっていることを考慮すると、相当ではない。一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば十分というべきである。

後者(記事執筆時点での事実認識)について、本件においては、推論の基礎となる資料が十分あると評価できるから、事実確認のため、控訴人植村本人への取材を経なければ、相当性が認められないとはいえない。

 

 また、実際上、控訴人植村本人に対する取材について、被控訴人櫻井と同様に本件記事Aの問題点を指摘していた西岡に対し、控訴人植村が回答していなかったことからすれば、被控訴人櫻井において、別途取材の申込みをすべきであったとはいえない。=判決書17~18ページ