updated 2022.3.27

「ヤジ排除」訴訟で原告全面勝訴

判決文全文PDF 

札幌地裁の判決は、安倍首相の街頭演説に声を上げた市民を警察官が現場から移動させた行為を違法とし、表現の自由や移動・行動の自由などを侵害した、と判断した。あえて基本的人権にまで踏み込んだという意味では画期的な判決だった。被告(北海道)は2人の市民に計88万円の賠償金の支払いを命じられた。原告(札幌市民2人)は完全勝利を勝ち取った。

 

この判決について、憲法学者の内藤光博・専修大学教授は札幌地裁の判断を高く評価し、次のようにコメントしている。(朝日新聞3月26日付、北海道総合面)

▽表現の自由について適切に理解した判決で、極めて高く評価できる。政治に関する表現は民主主義社会において「特に重要」とした上で、ヤジは政権批判の行為で「公共的な表現行為」だと断言した。原告2人のヤジが、公職選挙法上の自由妨害罪やヘイトスピーチ、犯罪行為の煽動にあたらず、公共の福祉に反していないとも指摘していて、抜かりがない。

▽多数派の表現の自由は、憲法が保障しなくても認められることが多い。表現の自由というのは、少数派の意見表明を保障することが最大の目的だ。それを封じ込めた排除に、判決が待ったをかけたといえる。

▽ヤジやデモなどの政治的表現は、現場まで移動しなければできない。その意味で移動・行動の自由は表現の自由の基礎をなす。判決は、警察官に長時間つきまとわれた女性の損害は、男性より大きいと判断している。

 

この訴訟は、市民の表現活動に攻撃を加え、言論を封じようとする公権力に対する市民のたたかいだった。植村裁判、そして植村バッシングとのたたかいにも通じるものがある。どちらも安倍政権下での事件だった。植村裁判にかかわった5人の弁護士がこの訴訟の弁護団の中軸となった。弁護団長の上田文雄氏は「植村裁判を支える市民の会」の共同代表、小野寺信勝氏は札幌訴訟弁護団の事務局長をつとめた。両氏のほか、齋藤耕、竹信航介、成田悠葵3氏も参加した。

 

以下に、①判決骨子、②原告・弁護団声明、③判決文のうち「表現の自由」にかかわる重要な分と、④北海道放送(HBC)の特集番組「ヤジと民主主義」を収録します。

事件の詳細と裁判の経過、判決全文は、原告を支援する市民団体「ヤジポイの会」のHPを参照してください。 ➡ 「ヤジポイの会」HP 

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 ■判決の骨子  

〇 原告らは、街頭演説に対して「安倍辞めろ」、「増税反対」などと声を上げたところ、警察官らに肩や腕などをつかまれて移動させられたり、長時間にわたって付きまとわれたりした。

〇 撮影されていた動画などの関係各証拠によれば、当時、「生命若しくは身体」に危険を及ぼすおそれのある「危険な事態」にあったとか(警職法4条1項)、「犯罪がまさに行われようと」していた(同法5条)などとは認められず、警察官らの上記行為は適法な職務執行とはいえないのであって、これらの行為は違法である。

〇 原告らの発言は、いささか上品さを欠くきらいはあるものの、いずれも公共的・政治的事項に関する表現行為であるところ、警察官らの上記行為は、このような原告らの表現行為の内容ないし態様が街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認される。

〇 表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による制限を受けるものであるが、被告からは、原告らの表現行為自体が「関係者らにおいて選挙活動をする自由」を侵害しているとか、「聴衆において街頭演説を聞く自由」を侵害しているなどの主張も出ていない。

〇 原告らの表現の自由は、警察官らによって侵害されたものというべきである。

(注)「警職法」とは警察官職務執行法を指す。 

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■判決を受けての弁護団・原告声明

1 はじめに

本日、札幌地方裁判所民事5部(廣瀬孝裁判長)は、2019年7月15日にJR札幌駅及び札幌三越前で参議院議員選挙の応援演説を行う安倍晋三元内閣総理大臣(以下「安倍元首相」という)に対して、「安倍やめろ」「増税反対」などと発言したことによって警察官らに排除された原告2名が北海道(警察)を訴えた国家賠償請求事件について、合計金88万円の支払いを認める判決を言い渡した。

この判決は、北海道警察による表現の自由への侵害を正面から認めた歴史的な判決である。

2 判決の評価

本日の判決については次の3点を高く評価したい。

第1に、警職法4条及び5条を理由に警察官らの行為は正当化されるとの被告の主張を明快に排斥し、警察官らの排除行為を違法であると判断した点は、当然のこととはいえ、正当な事実認定及び法適用を行ったものであり、高く評価する。

第2に、原告らのヤジをいずれも、「公共的・政治的事項に関する表現行為であることは論をまたない」と断じ、かかる表現の自由を警察官らが排除行為によって侵害したと認めた。これは、民主主義社会における表現の自由の重要性を明示した点において、本件の社会的意義について正面から向き合った判断を行ったものであり、この点も高く評価したい。

第3に、原告2に対する警察官らの執拗な付きまとい行為について、原告2の移動・行動の自由、名誉権、プライバシー権の侵害であることを明確に認めた点も、警察官らの同様の行為を抑止する効果を有するものであり、この点もまた、高く評価したい。

3 最後に

市民が街頭において抗議の声をあげることは表現の自由として保障されている。特に、市民が政治家とのコミュニケーションをとる機会が限られている中、政治家の演説に対して直接抗議や疑問の声を届けることは、民主主義社会において重要な権利行使の局面である。民主主義社会において賛否両論があることは当然であり、一方の主張を警察権力を用いて封じ込めることは断じてあってはならない。

本日の判決は、北海道警察による排除行為が、警察権力による表現の自由の侵害であるとして、その手法を厳しく断じた。北海道警察はもとより全ての警察機関には、本日の判決を重く受け止め、違憲・違法な警察活動を繰り返さないことを求める。

また、鈴木直道知事は、北海道警察を所管する代表者であるだけでなく、排除行為の現場に居合わせている。その意味では傍観者であることは許されない。鈴木知事におかれては、本日の判決には控訴せず、違法・不当な警察活動の再発防止のために政治責任を果たすことを期待する。

2022年3月25日

道警ヤジ排除訴訟原告

道警ヤジ排除訴訟弁護団 

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■判決の重要部分(表現の自由、移動・行動の自由などについて)

編注=判決文の抜粋(42~45ページ)。原告1とあるのは34歳の男性、原告2は24歳の女性。男性はJR札幌駅前などで応援演説をしていた安倍首相(当時)に「安倍やめろ」と声を上げた直後、警察官らに肩や腕をつかまれ、移動させられた。「増税反対」と叫んだ女性も移動させられた上、警察官らに長時間つきまとわれた。

 

(1)表現の自由の侵害(原告1及び2)

ア 主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともに、これらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としている。

したがって、憲法21条1項により保障される表現の自由は、立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であり、とりわけ公共的・政治的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁、最高裁令和 4年2月15日第三小法廷判決,裁判所時報1785号6頁参照)。

イ 本件においてこれをみるに、原告らはいずれも「安倍辞めろ」、「増税反対」などと声を上げていたところ、これらは、その対象者を呼び捨てにするなど、いささか上品さに欠けるきらいはあるものの、いずれも公共的・政治的事項に関する表現行為であることは論をまたない。

しかるに、原告らは、このような表現行為を開始してわずか10秒程度で、警察官らによって肩や腕をつかまれて移動させられ(原告1及び2)、また相当程度の距離及び時間にわたって付きまとわれたものである(原告2)。そして、これまでみてきたとおり、これらの警察官らの行為が警職法4条1項、5条等の要件を充足するものではない以上、警察官らの行為は、原告らの表現行為の内容ないし態様が安倍総裁の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認せざるを得ない。このことは、警察官ら自らが、原告らに対し、「演説してるから、それ邪魔しちゃだめだよ。」、「選挙の自由妨害する。」(上記1 (3)カ)、「だっていきなり声上げたじゃーん。」、「急に大声上げたじゃん。」、「聞きたいこと聞けなくなっちゃうっしょ、ね。」(上記 1(4)ウ)などと発言していたことからも明らかである。

したがって、警察官らの行為は、原告らの表現の自由を制限したものというべきである。

ウ もっとも、表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けるものである。

しかし、この点につき被告は、原告らの表現行為自体が、例えば安倍総裁及びその関係者らの選挙活動をする自由を侵害しているとか、聴衆において街頭演説を聞く自由を侵害しているなどといった特段の主張はしておらず、ただ警察官らの行為が警職法4条1項、5条等の要件を充足するとの主張をしているにすぎないし、しかも、これまでみてきたとおり、かかる主張はいずれも採用することができない。

念のために検討しても、原告らの表現行為の内容及び態様は、殊更に特定の人種又は民族に属する者に対する差別の意識、憎悪等を誘発し若しくは助長するようなものや、生命、身体等に危害を加えるといった犯罪行為を扇動するようなものではなく(前掲・最高裁令和4年2月15日第三小法廷判決参照)、選挙演説自体を事実上不可能にさせるものでもないのであって(最高裁昭和23年6月29日第三小法廷判決・刑集2巻7号752頁参照)、原告らの受けた制限が、公共の福祉による合理的で必要やむを得ないものであったなどと解することは困難である。

エ そして、表現の自由に関して被告が他に特段の主張をしていない以上、原告らの表現の自由は、警察官らによって侵害されたものというべきである。

 

(2) 移動・行動の自由、名誉権及びプライバシー権の侵害(原告2)

 ア 移動.行動の自由について

本件において、警察官らは、徒歩で移動していた原告2に対し、札幌駅南口広場からTSUTAYA札幌駅西口店まで追従して付きまとい、さらに同店からTSUTAYA札幌大通店付近まで追従して付きまとったものであって、その距離は被告の主張によっても合計約2. 2km、その時間は被告の主張によっても合計40ないし60分にも及んでいたものである。

そして、その間、警察官らは、原告2の両腕に手を回したり、何度も原告2の前に立ちふさがったりしたほか、原告2に話しかけ続けていたのであって(甲38、47)、実際、原告2は警察官らに「動きようがない。」、「自由にしたいのに。」、「私の移動の自由を侵害している。」、「私の行きたいところに行きたいよ。」などと発言していたところである(上記7 (1)イ)

したがって、 警察官らは、原告2の移動・行動の自由を制限していたものであり、この点につき被告が他に特段の主張をしていない以上、原告2の移動・行動の自由は、警察官らによって侵害されたものというべきである。

イ 名誉権について

上記のとおり、警察官らは相当程度の距離、時間にわたって原告2に付きまとい、原告2に話しかけ続けていたものである。

そして、警察官らが話しかけていた内容に加え、①警察官らが付きまとっていたのは、JR札幌駅南口付近の路上や札幌駅前通など、人通りの比較的多い場所であったこと(別紙6)、②警察官らは比較的大きくてよく通る声で原告2に話しかけ続けていたこと(甲38)、③「嫌われ者だからね、警察官」、「さっきも警察の法律の話したけれども、公共の安全とか」などと、自らが警察官である旨を明らかにしていたこと(甲38、47)、などを併せると、警察官らの付きまとい行為は、通行人らに対し、原告2が何らかの犯罪を犯そうとする不審者であり、警察官らに追従されて説得を受けているとの印象を与えるものであって、原告2の社会的評価を低下させるものといわざるを得ない。

そして、この点につき被告が他に特段の主張をしていない以上、原告2の名誉権は、警察官らによって侵害されたものというべきである。

ウ プライバシー権について

さらに、原告2は、警察官らにより行動を把握されることにより、プライバシー権を侵害されたと主張する。

上記のとおり、警察官らは相当程度の距離、時間にわたって原告2に付きまとい、その際、JR札幌駅の西側高架下の建物に入り、更にTSUTAYA札幌駅西口店の入口付近まで入っていくなどしたものであり(上記1(4))イ)、このような行為は、単なる公道にとどまらない領域を含めて、原告2の行動を長時間にわたり継続的に把握することとなるものであって、原告2の社会生活上の受忍限度を超えるものというべきである。

 そして、この点につき被告が特段の主張をしていない以上、原告2のプライバシー権は、警察官らによって侵害されたものというべきである。

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