「標的」監督西嶋真司氏が韓国「自由言論賞」を受賞

 

西嶋真司監督がドキュメンタリー映画『標的』 (2021年)で、 「第33回アン・ジョンピル自由言論賞」を受賞した。この賞は1987年に始まり、東亜自由言論守護闘争委員会の委員らからなる審査委員会が毎年、権力に屈せず、言論の自由を掲げ、真実を追求する報道で業績があった人に授与している。東亜自由言論守護闘争委員会の委員長として自由言論実践運動を主導し、志半ばで病に倒れた言論人、アン・ジョンピル氏の名を冠した権威ある賞だ。

 

授賞式は10月22日に行われた。

午後2時、会場である韓国プレスセンター18階の言論労組・大会議室に到着すると、室内は席も埋まり、静かな熱気に包まれていた。式典は3つのプログラムからなり、最初に「10.24自由言論実践宣言47周年記念式」が行われ、その後、「第27回統一言論賞」、「第33回アン・ジョンピル自由言論賞」の授賞式へと続いた。

冒頭、1974年10月24日に出された「自由言論実践宣言」が読み上げられた。そして自由言論実践財団理事長である李富栄(イ・ブヨン)氏が式辞で、この宣言が今も有効である証として両賞の受賞作の存在を挙げ、特に西嶋監督の『標的』について、右派の執拗なバッシングに対する植村氏の闘いを映画化するため、西嶋監督が放送局の職をなげうって制作に取り組んだ作品だとし、言論の自由とジャーナリズムの役割の観点から、その意義を強調した。

元国会議員である李富栄氏もまた、東亜自由言論守護闘争委員会の結成メンバーとして初代スポークスマンを務めた言論闘士で、植村氏を支援してきた韓国側の人物として支援者の方々にはおなじみだろう。

 

「第33回アン・ジョンピル自由言論賞」の授与に先立って、審査委員長から同賞の選考過程についての説明があった。それによると、6件の候補のうち、特にテレビ局JTBCの調査報道と、西嶋監督作品の2作をめぐって、相当な議論が行われたのだという。

JTBCの番組「5.18北韓(北朝鮮)特殊部隊キム・ミョングク追跡報道」は脱北者・キム・ミョングク氏(本名チョン・ミョンウン)の証言が柱だ。2006年に脱北したキム氏は2013年ごろ、自身を含む北朝鮮部隊が光州民主化運動(光州事件)に介入したと証言、それが現在までもYouTubeなどインターネットでも拡散し、韓国社会の一部に根強く残る「北朝鮮介入説」の根拠となってきた。番組は当初は取材に応じようとしなかったキム・ミョングク氏本人から、実際には1980年5月18日当時はもちろん、現在までも光州に行ったことがないとの証言を引き出し、歴史の捏造にとどめを刺す報道となった。

近年は特定の政治勢力に利用されることを拒んで隠遁していたキム・ミョングク氏だが、取材に対し、機会があれば光州を訪問して、謝罪したいとも発言している。韓国現代史、民主化運動の歴史に占める、光州事件の重みを考えれば、それにかかわる深刻なフェイクニュースの虚構性を、根気強い証言者へのアプローチで否定して見せたこの報道が、アン・ジョンピル自由言論賞の趣旨に合致することは間違いなく、高く評価されて当然だろう。

逆に言えば、こうした番組との「競争」を経て、なおかつ日本の作品である『標的』が受賞作に選ばれたということの意味は大変に重いと言える。結果的に、『標的』が本賞(大賞)を受賞し、JTBCの番組には特別賞が授与された。審査委員からは両作品について、自由言論実践の精神とジャーナリズムの意味を再認識させてくれたことに感謝するとの弁があった。

 

本賞の授与式では、コロナ禍の中、来韓しての参席が叶わなかった西嶋監督のビデオメッセージが流された。西嶋監督の堪能な韓国語による受賞の辞に、参席者らに驚きの表情が浮かんだが、その後、静まり返り、監督のメッセージに引き込まれるように集中して耳を傾けていたのが印象的だった。

西嶋監督はその中で、感謝の言葉を述べるとともに、この賞が「攻撃に屈しなかった植村氏と、植村氏を支えるため、そして日本のジャーナリズムを守るために立ち上がった多くの市民や弁護士の勇気に対する評価だと受け止めた」と語った。さらに自身も1991年8月当時、ソウル特派員として「慰安婦」問題を取材して報道したこと、それにも関わらず植村氏のような攻撃の対象とはならなかったことを挙げ、「特定のメディアを標的とした国家的な陰謀があったと思う」と語った。

さらに、現在の日本の状況を伝える中で「今は金学順ハルモニの肉声を日本の放送で流すことができない。日本では『慰安婦』問題の報道がタブー視されているからだ。理由はいくつかあるが、国家権力が権力にとって不都合な記事を書くメディアに圧力をかけていることが、一つの要因となっている」と説明した。そして「国家はしばしば歴史を書き換えようとする。過去の事件を自分たちの都合のいいように書き換えようとする。新聞記者が自分たちの期待するところと異なる内容を記事にすると、その記者を攻撃の標的とする。残念だが、それが今の日本の現実だ。『真っ当な歴史を真っ当に伝えられる』社会を実現させるために、この映画を作った」とした。末尾には、望ましいメディア報道を通じて、日韓の関係がより強固となることを願うというメッセージもあった。

 

続いて賞の授与が行われ、イム・ジェギョン・ハンギョレ新聞元副社長が代理受賞した。イム・ジェギョン氏は、言論はこのようにして戦わなければいけないとし、若い人もこうした事例を知るべきとコメントし、拍手を浴びた。

授賞式後、 李富栄氏は筆者らに『標的』をさらに広めていくため、映画界の重鎮を含め、様々な人にアプローチしていると語った。第26回釜山映画祭 (BIFF) への招待に続く、今回の「第33回アン・ジョンピル自由言論賞」受賞をきっかけに、映画『標的』が伝える闘いの記録やメッセージが、いっそう韓国社会に浸透していくことを期待したい。

 

text by 吉方べき

 

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